目をつぶらない

文学を専門とする大学院生の日記です

16歳の雌猫

 このブログで、死んでしまった猫ではない方の猫を「14歳の雌猫」と何度か書いたのだが、それは村上春樹に影響されてなんとなく自分の頭を占めるようになった概念(たしか村上春樹が「14歳の雌猫」について語っていたのを、どこかで読んだ覚えがある)で、本当のところ、彼女は16歳であるようだ。この間死んだ猫の方は17歳だった。彼は16歳で、すでに歯がぼろぼろになりはじめていたが、今の雌猫の方は全くもって元気であり、また頑丈だ。

 この雌猫は、もとはといえば多摩川の土手に捨てられていたという。それを誰かが拾ったらしいのだが、拾った人も飼う気まではなかったため、自治会に預けた。そうして当時自治会館で硬筆を習っていた私が、ある日この猫に出会うにいたったのである。

 彼女が何日間多摩川の土手に放置されていたのかは知らない。ダンボールに入れられていたらしいが、彼女以外の猫は皆死んでしまっていた。つまり、もともとそのように厳しい環境のもと生き残ってきた、特別頑丈な猫なのである。

 一般に野良猫は強い。小学生時代のピアノの先生は、野良猫を数匹家に抱え込んでいたが、それらの猫のほとんどが、当たり前のように20歳を超えていた。その家は一部がゴミ屋敷と化しており、多分餌も定期的には与えられず、あまり良い環境ではなかった(よくそんなところで私はピアノを習っていたなあ)と思うのだが、それでもそれだけ猫たちは生きるのである。

 今こうして書きながら、私はその雌猫をなでているのだが、彼女の虫のいどころが悪いときに触ると、未だにミミズ腫れ寸前までガブガブと噛まれる(もちろんこれでも彼女としては十分に手加減している)。

 痛くないわけではないのだが、前の猫が晩年歯を悪くしていたから、力強く噛まれるだけでなぜか安心してしまう。実際、ガブガブと噛まなくなったら、お別れが近いということだと思う。

 

 

うちらめっちゃ面白くない?

 自分のやってきたことが、本当に意味があったのか。その問いは、鋭く、大部分切ない。「意味はなかったのではないか」−−−そのような答えを含意するからだ。

 その問いを発するものは、「意味がない」という答えを想定している。その怖さと戦い、時にはとても軽い言い方で、時には意味なんてどうでもいいんだ、というやさぐれた形で問いかけてくる。

 5年前の僕にとっては、発問者のその態度が嫌だった。卑屈で、保身に走る。にやにやしながら、「このサークル面白いでしょ?」と問いかけてくる、二留してしまった先輩。「面白くない」とは決して言えない状況を作っていることを自分でわかりながら、素知らぬ顔で問いかけてくる彼の、しかもそういう時は大抵酔っ払ってにやけながら。その顔をみながら、僕はその弱さを、叩くことしか能がなかったのだ。5年前は。

 今は、もっと余裕がある。それを叩き潰すよりは、むしろ彼らが、それを言わざるを得ないくらい、なんらかの悩みを重ねながら、しかし勇気を振り絞って、年下の僕に彼らの裁定を委ねてくる。そのことが気になる。

 僕が「いや、つまらないですね」「こんなの意味あるんですか」と言いうる可能性を、自分たちで誘発する、その態度に、若干なりとも、敬意を覚えるのである。僕が「つまらないですね」という必要はない。

 つまらなそうに「面白いですね」と答えればいいのだ。そちらの方が残酷だし、それで十分何もかも伝わる。けれど重要なのは、「俺たちは面白いのか」という問いをそもそも発することができるところまで、十分に批判的なことではないか。そこから先、「つまらない」と言われることに耐えられる必要はない。貧弱な人と、筋骨隆々な人がいて、別にどちらもいいだろうと思われるように、心に関しても強い人と弱い人がいる。それらは正直、大して変わらないのだ。

 僕は多くの人を許せるようにならなくてはならない。もちろん、それには体力が必要だから、ある程度体力がある限りにおいて、ということなのだが。くたくたな時は、人に構っている余裕はない。

 どれだけ余裕があるかということは本当に大事だ。

「懐かしい」とは何か? 大江健三郎『M/Tと森のフシギの物語』

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 毎日なかなか疲れる。そもそもこれまでずっと座りっぱなしの生活を送って来たのだが、今は毎日、二時間は立っている。もちろん電車で。それなりに空いている電車に長時間乗るのが私の通勤スタイルで、生活のあり方としては、どちらかといえば健康的になったのかな、と思わなくはない。しかし、立ちながらの読書は難しいから、それが問題である。

▽『M/Tと森のフシギの物語』

 最近は、通勤の合間に大江健三郎『M/Tと森のフシギの物語』(1986年)を読んでいた。

M/Tと森のフシギの物語 (岩波文庫)

M/Tと森のフシギの物語 (岩波文庫)

 

  この作品は、79年に大江が書いた、『同時代ゲーム』という作品の書き直しとしての性格を持っている。そのことは、あとがきで大江自身が述べている。

同時代ゲーム (新潮文庫)

同時代ゲーム (新潮文庫)

 

  『同時代ゲーム』は大江にとって大変な力作でありながら、世間からの評価としては、概ね不評であったといって良い。ただし、長く誠実に大江を読み続けてきた批評家の多くは、この作品を(手放しにではないが)高く評価している。

 最近では、筒井康隆が、この作品について語っていた。

book.asahi.com

 『M/Tと森のフシギの物語』は、『同時代ゲーム』と内容的にはある程度被っている。どちらも、語り手に内在的な視点から、語り手の幼年時代に住んでいた森の神話につき、語り手が、年長者から語られたことを改めて語り直していくことを中心とした作品である。

 しかしながら、語り手と語られる神話との関係性は、二作品で大きく異なる。『同時代ゲーム』は、いわば語られる神話自体に潜む現代文明への批評性や、多義性・曖昧性に本領があった。

 それに対し、『M/Tと森のフシギの物語』で主題となるのは自分が経験していない神話の世界と、現代を生きる語り手の生とが、いかに関係性を結んでいくか、ということである。そこでは語られる神話の内容よりも、語られる神話に対して語り手を含む人々がいかなる態度をとるか、ということが、焦点となる。

▽「懐かしい」とは何か

 さて、この作品の中では、「懐かしい」という感覚が、一つのキーワードとなっている。自分の生まれる前にあったとされる、自分が住んでいる村の神話を、祖母から繰り返し聞かされる語り手の〈僕〉。その〈僕〉は、それらが嘘と紙一重であるとわかりながらも、それらの神話に「懐かしい」という気持ちを感じ取る。

 〈僕〉によれば、「懐かしい」とは、通常は自分がすでに体験したことに関して感得するはずの感覚である。しかし〈僕〉はそういいながらも、自分が、直接体験したのではない村の神話に関して、懐かしさを覚える。そして、〈僕〉は、「懐かしい」という感覚を、自分が直接体験したのではないけれども、ある体験が、繰り返し起きたことであるとわかること、と改めて規定していくのである。

 

懐かしいと感じ取ること。それも自分が直接にかつて経験したことのよみがえりというのではないが、しかも懐かしい。それはこの森のなかの谷間で、はるかな昔に幾度も幾度も起ったことだからではないか? そのように僕は感じたのでした。

(引用は上掲岩波文庫版より。26頁)

 

 ここには「懐かしい」という感覚の読み替えがある。このように〈僕〉に内在的な視点から〈僕〉の中の感覚の再規定が描かれることにより、読者もまた、懐かしいという感覚を改めて規定することへと導かれる。

 このような大きな繰り返しの中に自己の生があるという感覚は、しかし、作中で無批判に称揚されているわけではない。むしろ、〈僕〉は、それに殉じるようにして、死の一歩手前までいってしまう。ある日川の底の、岩の中にウグイの巣を見つけた〈僕〉は、それをよく見ようと狭い入り口に頭を突っ込む。そして、見えたウグイの文様に「神話と歴史」を読み取るのである。ことが起きたのはその時だった。

 

[...]僕はこの「ウグイの巣」が、ウグイの群れの魚体の斑点でなにもかもを書きあらわしている図書館だ、と感じたのです。それならば、森のなかの谷間の神話と歴史こそがここに書かれているのだと、いまひとり村の子供が溺れようとしていることすらも書かれているはずだと考えた時、僕はわれにかえりました。そして出口へ向けて急ぎ戻ろうとして、岩棚に頭を挟みとられたのでした。

(同上、53-54頁)

 

▽懐かしさと傷

  川の底で頭をはさみとられた〈僕〉は、たまたまつけてきていた母親に強引に引き摺り出される形で助けられるが、その際に、頭に傷を負ってしまう。そして、その頭の傷は、〈僕〉が繰り返し聞かされた、村の神話上の英雄たちが有していたものと、同様の傷であった。

 村の神話と歴史をみて取るという行為に殉じようとし、そこからぎりぎりのところで逃れ得たことから受けた傷こそが、むしろ自分自身が神話と歴史の繰り返しの中にあることの証拠そのものとして機能するのである。

 だとしたら、神話と歴史、そして、それらに醸される懐かしいという感覚から逃避することは不可能なのではないか?懐かしさに従って「神話と歴史」に惹きつけられるように殉死することから、逃れ得たということ自体が、懐かしさを補填する「繰り返してあること」の刻印となるとしたら、どこに外部はあるのだろうか。

外部への手がかりとしての傷

 ここで外部への手がかりとして大江が提示しているのは、繰り返しの根拠そのものである「傷」であると思われる。

 先に述べたように、傷は、〈僕〉と神話上の人物の共通性を示しており、傷があるからこそ、〈僕〉が、神話の繰り返しの中の一個として捉えられる。

 しかし、傷は本来、一つ一つ一回的なものであるはずである。一つ一つ一回的なものであるはずの傷が、一度つけられると繰り返しの記号として機能する。その繰り返しの感覚から完全に逃れることは難しいのかもしれないが、繰り返しの感覚に取り込まれながらも、当初の傷の一回性にたちもどろうとすることは、いかにして可能なのだろうか。

 そのことが、「懐かしい」という言葉とともに、「傷」というモチーフの頻出する『M/Tと森のフシギの物語』の中心的問いだと言えるのではないか、と私は考えている。。

 大江は、思想的にはサルトルから出発して、70年代にポスト構造主義の薫陶を受けている。そのような背景を知るものからすれば、刻まれた瞬間に繰り返しの一部としてある痕跡の、一回性を問う実存的な問いだては、わかりやすいかもしれない。少しわかりやすすぎるので、以上のような読解はむしろ、私の読み取りの浅さを露呈させてしまっているのかもしれないが。

▽懐かしさと傷とが重なる

 この問いに作中で明確な答えが出ているわけではない。しかし、大江は作品内の終結部で、傷と一体化した懐かしさというビジョンを提出しているように見える。懐かしいという感覚を、到達し得ない傷の一回性への憧憬としてさらなる読み替えを試みているように思われるのである。

 それは、マスターナラティブとしての神話と歴史に感得する感覚ではない。むしろ、マスターナラティブに回収される過程で切り取られた断片、傍流の神話、欠落という形で存在が示されるそれらを拾い集め、再構成することによってこそその片鱗が見られるような、伝承されてきているものとは別様であり得た原初状態への憧憬である。

 詳しくは、ぜひ作品を読んでみてください。

▽作家の一つの乗り越え点を刻んだ作品

 どうやら大江のあとがきなどを見ると、この作品の執筆を通して、大江は、散逸する断片をつなげ、あり得た可能性を再構成すること。そのことを、自分の作家としての役割として引き受けるに至ったようである。

 そのことにどのような意味があるのか、明確に言語化はできずとも、とにかく、自分の仕事を明確化しえた、という感覚。その作家としての一つの乗り越えの感覚、安堵感が、『M/Tと森のフシギの物語』という作品のやさしく肯定的な作風につながっているのかもしれない、と思われた。

 

 

『騎士団長殺し』についてイマイチピンと来ないこと

 今日朝twitterをみていたら、この間『騎士団長殺し』について考えるエントリを書いた時に参照した記事の評者の一人である鴻巣友季子さんが中島京子さんと対談している記事が回ってきた。

dokushojin.com

 この間のエントリも合わせて貼っておく。

summery.hatenablog.com

  今回の鴻巣さんと中島さんの対談記事は、個人的にうなづけるポイントがいくつもあった。例えば、鴻巣さんが、地の文における語り手の自己認識と、実際に語られる語り手との乖離について述べた以下の部分(引用は、一つ目に貼ったリンク「対談=…」より)

どうも「私」が語る自分自身と、読者が読まされる人物像が、乖離しているように感じるんです。「私は人見知りをする性格で」といいながら、「機会をつかまえて」女性を誘い、妻に別れを告げられてからすぐに二人の女性と関係を持っていることとか。慎重で二度より三度考えるタイプだ、といいながら、アトリエで少女と二人きりになり、おっぱいトークをしていることとか。

 私は、 上記エントリで「語り手が自己の認識機能の限界を自覚している」ということを書き、別エントリで、「語り手が何かを隠しているような気がする」というようなことも書いた。おそらく、それらは、鴻巣さんのいう「乖離」に関係していると思う。もちろん、それになんの意味があるのか、ということをはっきりさせなければならなくはあるのだが…。

 あとまあ、同じく鴻巣さんの発言の

今回は背景にアンシュルスナチスオーストリア統合)や南京事件などはあっても、『ねじまき鳥』や『海辺のカフカ』のように、根源的な悪と対峙して殺めることも辞さない、というところまで外へ乗りだして行くことはなかった。あくまでコンセプチュアルなレベルでの「殺し」に留まっています。

 という部分も、「ねじまき鳥に比べて弱いな」と思った自分の感想に一致している。

 おそらく、この「コンセプチュアルなレベルでの「殺し」に留まって」しまった原因が、「乖離」にあるのだろう、と私は推測している。「ねじまき鳥」は自己内部の悪と対峙することが、社会的に存在する巨悪と対峙することと接続してしまっているところに魅力があったのだが、語り手の自己認識と、描かれる語り手自身の描写との乖離は、自己を特定することを妨害し、結果的に内部にある悪との対峙という試みへの道を絶っているのであろう。

 それでは、この作品は、自己内部の悪と戦うことを、現実変革へと通じるような仕方で行うことが、もはや不可能になっているということを言おうとしているのだろうか?うーん、そうかもしれないけど、あんまりピンと来ないので判断留保

私が文学を学ぶことになった理由

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 先日友人に教えられ、東京大学田中純教授が、自身の教える大学院のコースを終了する学生に向けて書いた言葉を読んだ。内容は、ブログで公開されている。

修士修了生への言葉 - Blog (Before- & Afterimages)

 これに関し、twitterで田中先生は、以下のように述べながら紹介している。

  一つ一つ頷きながら読んだ。その中で、ふと懐かしさとともに、自分を振り返るきっかけになったのは、以下の部分である。(引用は上にURLを記載したブログより)

 そして、偉大なテクストや作品、テーマとの関係は、こちらが恣意的に愛したり、飽きて捨てたりできるようなものではありません。それははるかにつらい、傷つけられるような体験です。それがつまりは、答えなき巨大な「問い」との、さらに言い換えれば「歴史」との遭遇です。そんな遭遇とは、どんなものであれ、テクストや作品に「選ばれてしまう」という経験でしょう──いわば、逃れられない「運命」のようなものとして。

 確かに、対象と不可避に結んでしまう関係というものはある。そして、確かに、それは「つらい」。狂おしいという方が正しいかもしれないが。

 私はもともと、小学校時代から特定の物語に囚われて、そのこと以外なにも考えられなくなる、ということが多い子供だった。一旦特定の作品にとらわれると、その作品の中の世界に生きている夢を、何日も繰り返して見るような子供だった。本であれ漫画であれ、夢中になった作品は繰り返し筆写した。それだけでなく、模造品を作った。

 しかし、そのようなことをしても、劣化版のコピーを作っているということ以上ではありえないと、小学校高学年の時に気づいた。私は作品に囚われて過ごす、狂おしいような日々から抜け出して、自分の時間を生きたかっただけだ。そして、それは案外難しいということがわかった。

 そのような状態から抜け出す方途の一つとして、自分が対象に対して感じる魅力を適切に言語化することが数え上げられるのだとしたら、それを学ぶ価値はあるかもしれない。それが、大学で文学を学ぼうと思った理由である。

 作品に対する的確な批評を読む時、ざわざわしていた胸が一旦落ち着き、ざわざわしていた理由自体を冷静に見つめ直す契機が得られる。誰かが書いた批評を受動的に待つのではなく、その契機を自分で掴みとることができないか?そうすることが、不可避に結んでしまった作品との関係を少しでも能動的なものに転換していくことであるのではないか?そう思われた

 田中先生の書いた上記引用に即すなら、それは、一応、私なりの「運命」との出会いだったのかもしれない。いや、大げさではないか?と思わなくはないが、実際それによって、ここ10年ほどの私の人生は、少なくとも決定されてきたのである。

 昨日、私は社会人になった。私の「運命」との取り組みはそんなこととは関係なく続くが、できることなら、仕事においても、「問い」を見つけられれば良いと思う。見つけられなければ、きついと思う一方で、見つけられなくても、案外割り切れるかもしれないと思う。とにかく、初出勤日の明日から、しばらくは不安定な日々が続くだろう。

 

ナルトを読んだ

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 何やらもやもやとした気分で読むことも書くこともうまく出来なくなっていた。多分原因は、ここ四日ほど、人とほとんど一言も会話していないことにある。読んで書くだけに、身体が飽きているのだ。つまり私は人と話したいのだと思う。もしくは、身体を動かしたり、活性化させたい。今日岩盤浴に行こうと思っていたのに、小雨が降り始めてしまったこと。そのことが本当に良くなかったと思う。自転車で出かけられなくなり、断念せざるを得なかった。

NARUTOを一気に読んだ

 今日の午後はひたすら、母親がまとめ買いをしたNARUTOを読んでいた。

 私のNARUTOとの出会いは、ジャンプを定期的に購入し始めた小学6年生のころのことである。それ以来、中学3年生まで毎週ジャンプの購入を続けていた。

    それではその間ずっと誌上でNARUTOを読んでいたのかというと、全くそうではなく、興味を持ち始めたのが購入を初めて一年経った中1の時くらい。それで、それくらいの時期から、ついでにパラパラと読むことを3年ほど続けていた。

    しかし、予備知識が全くなかったため、正直よくわからなかった。中学生の私には、インターネットで漫画の筋を調べたり、漫画喫茶で一気読みするという発想は湧いてこなかったのである。

 以上のような事情から、NARUTOという作品の後期の画風しか知らなかったため、読み始めてまず、初期の絵の濃さに驚いた。線が太い。ベタやトーンが多い。そしてコマの中が随分とごちゃごちゃしている。

 それが、中忍試験をすぎたあたりからであろうか、徐々に絵が改善されていく。捨象すべきものが捨象され、動的な描写がいきいきとするとともに、圧倒的に見やすい構図となっていく。また一方で、書き込むべきところは集中的に書き込まれており、芸が細かい。

▽戦闘の描き方がうまい

 ざっと読んだ感想として、戦闘シーンの描き方がうまいと思われた。例えば、チヨバア+サクラVSサソリ戦のあたりは、大変優れた描写である。漫画史に残るのではないだろうか。

 また、NARUTOという作品においては、力と力で押し合うような戦いと、知能戦とがうまく使い分けられている。ドラゴンボールのように大方力の強さ(戦闘力)だけで決まる作品とも、ハンターハンターのような濃密な知能戦を中心とした作品とも異なる戦闘のあり方をみせてくれている。

    影分身の術や変わり身の術によるトリックなど、ワンパターンな部分や、難易度の高すぎることをあまりにあっさりとやってのける忍び達にいやいや、とツッコミを入れたくなるような場面はある。しかし、全体としては良くやっている。週刊誌のスピード感で、絵も原作も一人でやってこれなら上出来だと思う。

 この歳までずっとジャンプはワンピース一強だと思っていたのだが、一気通貫(巻)に読んだ感想としては、ワンピースより面白いし、出来がよいと言って良いと思う。

▽先行世代と後発世代との戦い、そして対話が効果的に描かれる終盤

 特に終盤の、蘇った伝説上の人物たちと戦うという展開は大変良い。もちろん、生者と死者とを問わず、本来味方の側に分類されるはずの者が敵の術により操られ、敵として立ちふさがるというのはこれまでにも様々な作品で見受けられはした。

    しかし、NARUTOの終盤において、このある種王道的な展開には、先行世代と後続世代との世代間対決が他の作品よりもはるかに強く仮託されている。そのため、読者としては、ネタ切れで味方を敵として持ち出すしかなかったんだな、という倦厭感を排し、特別の期待を持って読むことができると思われる。

 なぜそう読めるのか。それは、NARUTOが忍びという血縁的な結合の強い集合体内部の事情を繰り返し描いてきた作品であることと関係している。作品内では初期から一貫して、先行世代の作り上げた社会的・文化的基盤に育てられ、それを守り、また、場合によっては乗り越えようとする忍び達の意識が繰り返し描かれてきた。すでに亡き者となった英雄達が、現在の忍び達を励ますと同時に、また重圧ともなってきたのである。

 回想シーンでしか現れなかったり、作中に登場せずただ遠い祖先としてのみ言及されてきた人物達が、実際に後続世代の忍び達の前に立ちふさがるという展開は、したがって、世代間の戦いや葛藤、そして和解、超克、引き継ぎといった様々なドラマを生み出す。このドラマに対する期待感が、王道的な死者との闘いを飽きさせることなく読ませるのである。

 また、先に、死者との戦いという一つの王道の展開をNARUTOという作品が用いる際、そこにこの作品ならではのオリジナリティが付与されていることは言及されるべきだろう。

    そのオリジナリティとは、転生し、敵として立ちふさがる先行世代の英雄達が、大方身体のみ操られているということだ。彼らは操られながらも、思考能力や会話能力に関して、生前と同様であり、意識としては敵である主人公サイドに味方している。

 そのため、彼らは、自分の弱点や、自分にいかにして勝てば良いのかというアドバイスを後続世代に対して行いながら、同時に戦いもするのである。

    この設定は、①先行世代と後続世代との間の対話を惹起しやすいこと②不必要に戦いの描写を長引かせないこと、以上二点で優れた設定であるということができよう。

▽もし読んでいない人は是非

 今回NARUTOをざっと読んでみて、もう少し早めに読んでおけばよかったな、と思った。今読みながら、大変優れた作品だな、と思うのだが、一方で、その中のいかにも少年漫画的な要素(具体的には友情至上主義やあきらめないで最後まで戦うことを是とする価値観など)に当たるとすぐに鼻白んでしまうのも事実。小学生の頃だったら、多分どっぷりはまっていただろう。

 ある作品と出会うのにふさわしい年齢というものがある。私は常にそれに遅れてばかりだ。今も、現在進行形でいくつかの作品から遅れている。時間は有限だから、ある程度は仕方ないかもしれない。しかし「時間は有限」と言えるほど、時間を有効に活用できているのか?と思わずにはいられない。

悲しみを「資産」としてとらえ、共に生きること 大江健三郎「資産としての悲しみ−−−再び状況へ(五)」

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 物語に倦んで、ふと手にとった『世界』(1984年7月号)に大江健三郎さんのエッセイを見つけた。「資産としての悲しみ−−−再び状況へ(五)」と題されたこのエッセイは、『生き方の定義−−−再び状況へ』という単行本に収録されることになった。

ci.nii.ac.jp

 単行本版はこちら 

生き方の定義―再び状況へ

生き方の定義―再び状況へ

 

 84年7月といえば、『新しい人よ眼ざめよ』という短編集が、単行本化する直前である。79年に『同時代ゲーム』という作品を執筆したのち、80年代にかけての大江さんは、それまでの自由で過剰な想像力の飛翔にまかせた物語制作から遠ざかり、作家本人のそれと見紛いうるような語り手の私的日常的生活をその文学上の主題としていった。

 『「雨の木」を聴く女たち』(1982年)や前述の『新しい人よ眼ざめよ』(1984年)は、大江さんの小説作法や主題上の転換を如実に示す、それまでの大江作品とは全く異なる相貌を持った二作品である。

 

「雨の木(レイン・ツリー)」を聴く女たち (新潮文庫)

「雨の木(レイン・ツリー)」を聴く女たち (新潮文庫)

 

  

新しい人よ眼ざめよ (講談社文庫)

新しい人よ眼ざめよ (講談社文庫)

 

 私が大江さんの全キャリアのうち最も魅力的に感じるのは、ここにあげた二作品である。

     分析対象として、面白いのは70年代の作品群である。60年代に吹き荒れた政治運動の文学化を図った70年代の著作は、最新の文学理論を用いて自己の文学上の課題を書き切ろうとする気概に満ちており、どれも重厚長大で濃密な作品である。

    しかし、それ故の難解さもあり、それらを生き生きと面白く読むということは私にとっては難しい。居住まいを正し、がっつり取り組まないと、70年代の著作を読み切ることが私には出来ないのである。

    私自身が受け取る読書体験の質を考えれば、間違いなく80年代前半の上記二作品が至高である。

 これらの作品を読むと、深刻で重苦しい試行錯誤の時期を通過した大江さんが、改めて世界との関係をはじめから結び直そうとしているような感覚を抱く。長く潜った後に水面を突き破り、新しい空気を胸一杯吸い込むような、突き抜けた爽快感があるのである。

    そしてまた、自己の長い試行錯誤の行程を振り返り、そのことの意味を鋭く問い直す中で、ゆっくりと鎌首をもたげてくる透明な悲しみが、通奏低音として流れている。その悲しみは、静かに深められていき、一つの浄化の作用を持つことになっていく。

 さて、「悲しみ」である。このエッセイの題名を見た時、「最近あまり悲しみを感じてないかもしれない」と思われた。悲しみに限らず、日常生活において、私の感情が揺さぶられることはあまりない。それは、自分で求めてきた状態である。ほどほどに幸せで、ほどほどに退屈。思い描いた通りの生活を、大学院生活の最後の一ヶ月で送っている最中に「悲しみ」などと目の前に置かれると面食らってしまう。この言葉とどのように接するか一瞬わからなくなる。

 ここ何年も「悲しみ」「悲しい」という言葉を発していない気がする。最後に「悲しい」と言ったのはいつだろう。「悲しい」と言って、そのように柔らかい部分をさらけ出した自分が、深い共感をもって迎え入れられた経験があまりない。だから、私はそのうち悲しい時にも「悲しい」と言わなくなったのだろうか?それとも、そもそも別に悲しいことがないからだろうか?前者にしても後者にしても、そのこと自体が、少し悲しくないか?そのようなことを思わなくもない。

 大江さんはこのエッセイの中で、「時によって軽減され、解消され」てゆく悲しみと、「死の時までつきあわねばならぬはずの、堅固な悲しみ」があるとする。

[...]自分のうちにほぐされることなく残っている、大きい悲しみがあり、それはもう中年も終りという自分の年齢になれば、死の時までつきあわねばならぬはずの、堅固な悲しみだということでした。しかもそれにつづけて、それならばこれらの悲しみは、すでに自分の生の資産にほかならぬ、という思いがきました。資産としての大きな悲しみと、積極的に共生する勇気をだしていただきたいと、僕は手紙を結んだのです。

(『世界』1984年7月号、241頁)

 それでは、「資産としての悲しみ」とはどのように定義できるのか。

 資産としての悲しみ、の定義。過去の、償いがたい出来事−−−しかし忘れさることはできない・忘れさってはならぬのでもある出来事−−−にみなもとはあるのだが、自分の現在の人間としての資質に生きている悲しみ。それが自分としての人間の見方、世界の見方に、複眼性という様相をあたえている悲しみ。客観的に自分を見るならば、それが自分の人間としてのありように、広がりまたは奥行きをあたえて、そこに翳りがはらまれている、そのような資産としての悲しみ。

(同上、241-242頁)

 通常「弱さ」の側に位置付けられそうな悲しみが、ここでは、世界の見方に複眼性を与えるものとして肯定的に捉えているように読める。続く部分で大江さんは、資産としての悲しみと共にあることを、「文学の役割」と結びつけて行く。

不幸な出来事によってつきつけられる不条理な悲しみを、資産としての悲しみに把えなおしうること。そのような資産としての悲しみを、自己のうちに活性化させることは、人間らしい、むしろ人間独自の行為であると思います。そこを介して、活性化した資産としての悲しみは、時をへだてたのち一種の喜びともなりうるのでしょう。

 たとえそのように喜びと呼びうるにはいたらぬまでも、われわれはしばしばある悲しみの記憶を呼びおこしては、または魂の浄化としてもいうべき慰安をあじわうのではないでしょうか? そこに僕は文学の役割をあいむすぶところがあると、文学がなぜ書かれるかをあきらかにする、すくなくともひとつがあると考えるのです。

(同上、243-244頁)

 悲しみの記憶が、本当にただ単にネガティブなものであるとしたら、確かにわざわざ呼び起こしたりはしない。私もまた、夢に惹起されて、ということが多くはあるけれど、それを呼び起こすことがある。それを通して、自分の中の普段は隠されている人間性を再発見することができる気がして、そうするのかもしれない。

 先に述べたように、もう何年も「悲しい」という言葉を口にしていないし、それを感じることも日常生活ではほとんどない。ひたすら本ばかり読んでいる私の生活は、悲しみから遠ざかることと並行して、実は、文学からも遠ざかっているのではないか?それをちょくちょく読んでいるのにもかかわらず…。

 要は、私は文学をある意味では消費してしまっているのだと思う。研究の対象としてという形であれ、現実から目を背けるための快楽を供給してくれるものとしてであれ。自分勝手な読みばかりしてきたような気がする。

 読む姿勢を改めなければならない、と切に思う。自分にとって理解不能な部分を無視せず格闘する中で、自己変容の契機を得るということが消費しない文学との向き合い方だろう。もちろん、とても体力が必要だ。

 そのような読書を行う姿勢を身につけて行くことは、簡単に可能であるとは思えないのだが、とにかく、読んでいれば何かのきっかけで、よく読むことができたと思えるタイミングはある。また、読んだことについて書く中で、削ぎ落として理解していたことにやはり向き合わなければならないと気づく瞬間はある。だから読むことと、読んだことについて書くことは、やめないようにしようとは思う。ストレスが多すぎると、続かないし。とりあえず、それだけ。