目をつぶらない

文学を専門とする大学院生の日記です

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(この街の稜線は夢のようにぼんやりとしており、時折むこうに小島も見えるのだ――

 

 桜の木の根本の死者の唇で、米粒のようなウジが揺れ、春風に彼がやってくる。大学院生に間違われたことがあるという彼の目は、遠くを見据えるときだけ無邪気な子供の様だ。彼の目の前には高速道路が走っており、その先は、海を背景に、まっすぐ長い道が通っている。

 通り過ぎる車の音で、僕には彼の声が聞こえない。うっすらとした彼の顔も、例えばサンルーフをした白いスポーツカーに遮られる。けれども僕は彼がなにを言おうとしているのか、聞く前からわかる。(僕はそれを知らないふりをしているけれど、聞いてしまってから考えると、やはり僕はそれを知っていたような気がするのだった。)

 午後の街角に、彼の声は不思議なくらい朗々と響き、

 

「僕、先輩が好きなんだ」

 

 それは大事なことだった。

 

 

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