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目をつぶらない

文学を専門とする大学院生の日記です

何もできない日が続く

何もできない日が続いた。本を読んでいても想像力が上滑りしてしまって、全く別のことを考えている。考えることは決まっていて、人のことを考えているのだ。人を思っている。人を思うと本が読めなくなる。次に会うまで解消されないのだろうが、そうだとしたら、なんてことだろう。

昨日はまたイライラしてもいた。無性に嫌な気分になり、もう何もかもどうでもよくなってきた。理由を努めて冷静になって書き出し、公平に言って私の注意力不足と幾つかの行き違いとが絡まりあって面倒な状況に陥っていた。しかしそうでありながら私は自分にイライラしていたのではなく、周囲の状況に嫌気がさしていたのだ。状況は憎みきれるものではない。私はそれを誰か他の人に投射せざるを得ない。それを必死に抑え込むのがストレスだった。自分の言うことが筋が通らないことは大前提としながら、それでも筋を通らないことを聞いてもらって発散する場所、そのような場所を私はこれまで作ってこなかったのではないか?私が作ってきた場所というのは私の話すことが正しいものである限りにおいて、もしくは対話の中で正しい思考法を学んでいく方向に開けるものである限りにおいて受け入れてもらうような場所ばかりだったのではないか?と感じられてきた。そしてそれで別によいとこれまで思っていたのだ。

友人がいずれも基本的に聡明であるからかもしれないが、私は「間違う」ことは恐れないけれども間違っていることをわかった上で間違いをすることには極端に敏感になっているのだと思う。それがこのようにたまに窮屈なのだ。つまり、論理的な思考と異なる部分で人に当たるような、それに該当することが自然にできなくなっているのだ。けれどもそれは普通多かれ少なかれ、必要なことだ。どのように折り合いをつけよう。