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目をつぶらない

文学を専門とする大学院生の日記です

P.T.と村上春樹『ダンス・ダンス・ダンス』①

 

 

P.T. (ホラーゲーム) - Wikipedia

 

 村上春樹の『ダンス・ダンス・ダンス』を読んでいて、サイレント・ヒルの広告として作られたP.T.というゲームを思い出しました。村上春樹の作品はゲームのプロットに似ているという話を聞いたことがあったけれど、PTは特に通じ合っているのではないかと思ったので書きます。P.T.に関する説明はwikipediaからどうぞ。

 

何かに近づきつつある

 

 PTはサイレント・ヒル4のために作られた試作版ゲームです。

 プレイヤーは全く同じ回廊をぐるぐると回ることを繰り返します。その中で、怪現象が起きる。迫り来るような音楽やエフェクト、断片的にあたえられる、その家で起きた殺人事件の情報。それらがあいまって、よくわからないけれど、自分は何かの渦中にいる、と気付かされます。曖昧で抽象的な言葉でしか語れないけれど、ここには何かがある。そして、私は何かに近づきつつある、という感覚を得るのです。

 

 ゲームの次の展開を導くフラグを立てる過程は、ゲームの舞台背景となる物語内容についての謎解きをふくんでいます。そうして、ゲームが進みにつれて、そのゲームの世界のルールを、プレイヤーは知っていくのです。ゲーム展開の層、ゲームの中の物語の層、そしてプレイヤーに与える心理的な効果の三つを結びつけていくこのゲームはよく作られています。

 

選ばれたものになるまでのゲーム

 

 知らない世界のルールの一端を知り、謎を解いたプレイヤーのもとには、You are chosen 「あなたは選ばれた」という言葉が、電話を介してやってきます。電話の先の人物が誰であるかはわからない。すべては謎なわけです。わかるのは、自分がそれらの謎と無関係ではない、どころか、もしかすると、思った以上に関係をもってしまっているかもしれないということだけです。しかしその「関係」の意味も、もちろん、わからなくはあります。

 

日常生活からの脱出ゲーム

 

 このゲームはホラーゲームであるわけですが、怖いだけではなく、一つの解放感というか、カタルシスを得ることができると私は思いました。全く知らない世界に、自分の力で入っていくことにより、既存の関係にがんじがらめになっている日常生活からの、良くも悪くも脱出を意味するからです。しかし、その脱出は、解放と同時に、最悪の危険をはらんでもいるのでした。一刻も早くルールを知らなければ、よくわからない理由により、突然、その世界から排除されてしまうのです。それも、ものすごく怖い異形の手によって。

 

 何かを有していないということによってではなく、ルールを知らないということにより無防備な感覚は、あまりないなと思いました。直近の体験で通じあうのは、留学した時のことです。ただ、これはまた別件です。ちなみにそのときも、三日ほどして自分の生活の基盤を整えた時、解放感がやってきました。なんとか生き延びていける、という感覚と、ここで全く新しく生活が始められる、という感覚です。ホラーゲームと転居の時の新生活の感覚ってまったく違うのでは?と思われるかもしれませんが、PTのようなゲームとは通じ合っていると思います。知らない場所で、知らないルールを一つ一つ学び、掴み取っていく過程は一緒です。