目をつぶらない

文学を専門とする大学院生の日記です

疑問がするすると解消していく 中川右也『教室英文法の謎を探る』(開拓社、2010年)

f:id:Summery:20160809150217j:plain

うわ、読めない…

 久々に英語を読もうとしたら、全く読めなくなっていた。「あーあ」と思った。

 こういうときいつもなら、英語の本とその翻訳とを並べ、何日か取り組むことで英語力を取り戻していくのだが、今回もそうしようとして、どうもそのやり方に倦んでしまった自分を見つけた。

 英語から遠ざかった時期が長かった(半年)せいか、英語と日本語を行き来することの不自由さばかりが不快感として残る。加えて、以前からよくわかっていなかった文法事項が気になり始め、その意識が足枷となる。そうして、英語を読むという行為にうまく集中することができなくなった。

 関心は日本文学の私であるが、外国語の勉強は比較的継続して行ってきた。決して高いレベルではないが、IELTSで言えば、一応overall7.0はぎりぎりある。

 英語の勉強を続けて来た理由は、文法への興味からである。生きた言語が、帰納的に導かれた文法という体系に乗っかっている様を観察したり、目の前にあるよくわからない文章が、いくつかの(言語総体の果てしなさと比べれば)はるかに単純な規則を守ることにより読解可能になるということが面白かった。

 英語が読めなくなった今、とりあえず初心に帰り、再び文法を勉強すればどうだろうか。そう思われた。しかし、教室英文法には飽きている。専門的な文法書は難しい。その橋渡しとなるような本として、手に取ったのが、中川右也『教室英文法の謎を探る』という本である。わかりやすく、面白くて、1時間ほどで読み終わってしまった。

教室英文法の謎を探る

教室英文法の謎を探る

 

 そもそも、私は基本的にアルバイトで英語を教えていたので、教室英文法はこの大学・大学院生活で5周ほどしている。その経験が、「教室英文法の謎」への強い関心となり、読書を強力に後押ししてくれた。

するすると謎が解けていく

 読んでいく中で目から鱗がいくつも落ちた。特に関心させられたものをあげておきたい。

時・条件を表す副詞節の中はなぜ現在形?

 最初に強く感心したのは、「6 時・条件を表す副詞節は、なぜ未来のことなのに現在形なの?」(19頁以降)というセクション。

 解説の中では、時・条件を表す副詞節が用いられた文"We will go out when Taro comes back."が取り上げられ、willが用いられる主節の方が従属節に比べ、相対的に遠い未来にあることが指摘される。その上で、以下のように「謎」が解き明かされていく。

whenを使った文の場合、主役である主節の動詞が、助動詞willを使うことによって、副詞節(when節)よりもあとの未来の出来事について述べていることが示されています。そのため、従属している副詞節までもが、未来の出来事を述べているのだと示す必要がなくなるのです。あえて副詞節に自己主張させると面倒なだけでなく、くどい表現になってしまうからです。*1

  ふーん、そうだったんだ。ネイティブが感覚的にやってることを論理的に説明してくれるのは本当に助かるな、と思う。くどい表現を避けるというネイティブの感性を参照することを通して、説明される文法事項はこれまでの自分の文法学習の中で幾度か出て来た気がする。今一度、意識し直そうと思った。

疑問詞+to不定詞ってもともとはどういう形なの?

 疑問詞+to不定詞に関しては、さっさといくつかの用法を暗記し、読んだり書いたりすることができるようになってしまったこともあり、場面場面で微妙によくわからないな、と思うことがあっても、何がわからないか言語化してこなかった。この本によれば、疑問詞+to不定詞は本来的には、〈疑問詞+S+be+to不定詞〉(つまり、間接疑問文ということですかね)らしい。それゆえに、

I don't know who to go

I don't know who to go with*2

 

の二つを考えると、上は言えず、下は言えるということになるとのことでした。これは本当にすっきり頭に入った。

強調構文(It is 強調要素 that 残り)におけるthatの先行詞って何?

 また、同様に、丸暗記して自分の中で終わりにしていた強調構文であるが、生徒に教える際、参考書などの解説でthatが関係代名詞と記されていたことは、ずっと気になっていた。

 にもかかわらず、調べずに済ませていたのは、明らかに、暗記する方が早いと思われていたからだ。強調構文はルールさえ知っていれば訳すのも、作るのも簡単であり、実際私はこれまで解釈においても作文においても強調構文で迷ったことはない。

 しかし、この本の解説を読んで、thatの先行詞は文頭のitであること*3を知り、圧倒的に理解が深まった。あぁ、そうなのね、itを先行詞にとるのね。普通はあまり見ないけれど、those whoとかもあるし、そうかもしれない、と読んでいました。

進んだ文法学習で、先の風景が見えるかもしれない

 文法学習が好きで、高校までの教室英文法はだいたい頭に入っている自信があった。実際それにより、受験英語における長文はもちろん、大学・大学院の学習において出会われる大抵の英文はほぼ全て読めた。

 少なくとも、研究論文などは規範的な英文法の枠内で描かれることが期待されている。そのため、その読解は、教室英文法で事足りる。これは経験上そうである。もちろん、TOEICに始まる各種試験の英文にも対応できた。

 しかし、一方、私は小説や気の利いたエッセイ、そして新聞の社説といったテクストとなると途端に読めなくなってしまうタイプでもあった。その理由は、見たことのないような書き方に出会った時、その内容を読み取るよりも先に、自分のなかの教室英文法の体系に沿っているかどうかを検証してしまうせいで、筋に対する集中力を持続させることが難しくなってしまうからだった。

 そのため、英語の試験で良い点を取ろうが、研究論文をいくつ読もうが、英語ができるようになっているという実感が全くなかった。その理由は、教室英文法に安住してしまっていたからかもしれない、と思う。依拠すべき体系を拡充する時が来たのである。教室英文法の範疇を超えたよりしなやかな文法知識を身につければ、今よりも先の風景が見えるかもしれない。

*1:中川右也『教室英文法の謎を解く』(開拓社、2010年、22頁)。

*2:同上、145頁。

*3:同上、170頁。