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目をつぶらない

文学を専門とする大学院生の日記です

悲しみを「資産」としてとらえ、共に生きること 大江健三郎「資産としての悲しみ−−−再び状況へ(五)」

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 物語に倦んで、ふと手にとった『世界』(1984年7月号)に大江健三郎さんのエッセイを見つけた。「資産としての悲しみ−−−再び状況へ(五)」と題されたこのエッセイは、『生き方の定義−−−再び状況へ』という単行本に収録されることになった。

ci.nii.ac.jp

 単行本版はこちら 

生き方の定義―再び状況へ

生き方の定義―再び状況へ

 

 84年7月といえば、『新しい人よ眼ざめよ』という短編集が、単行本化する直前である。79年に『同時代ゲーム』という作品を執筆したのち、80年代にかけての大江さんは、それまでの自由で過剰な想像力の飛翔にまかせた物語制作から遠ざかり、作家本人のそれと見紛いうるような語り手の私的日常的生活をその文学上の主題としていった。

 『「雨の木」を聴く女たち』(1982年)や前述の『新しい人よ眼ざめよ』(1984年)は、大江さんの小説作法や主題上の転換を如実に示す、それまでの大江作品とは全く異なる相貌を持った二作品である。

 

「雨の木(レイン・ツリー)」を聴く女たち (新潮文庫)

「雨の木(レイン・ツリー)」を聴く女たち (新潮文庫)

 

  

新しい人よ眼ざめよ (講談社文庫)

新しい人よ眼ざめよ (講談社文庫)

 

 私が大江さんの全キャリアのうち最も魅力的に感じるのは、ここにあげた二作品である。

     分析対象として、面白いのは70年代の作品群である。60年代に吹き荒れた政治運動の文学化を図った70年代の著作は、最新の文学理論を用いて自己の文学上の課題を書き切ろうとする気概に満ちており、どれも重厚長大で濃密な作品である。

    しかし、それ故の難解さもあり、それらを生き生きと面白く読むということは私にとっては難しい。居住まいを正し、がっつり取り組まないと、70年代の著作を読み切ることが私には出来ないのである。

    私自身が受け取る読書体験の質を考えれば、間違いなく80年代前半の上記二作品が至高である。

 これらの作品を読むと、深刻で重苦しい試行錯誤の時期を通過した大江さんが、改めて世界との関係をはじめから結び直そうとしているような感覚を抱く。長く潜った後に水面を突き破り、新しい空気を胸一杯吸い込むような、突き抜けた爽快感があるのである。

    そしてまた、自己の長い試行錯誤の行程を振り返り、そのことの意味を鋭く問い直す中で、ゆっくりと鎌首をもたげてくる透明な悲しみが、通奏低音として流れている。その悲しみは、静かに深められていき、一つの浄化の作用を持つことになっていく。

 さて、「悲しみ」である。このエッセイの題名を見た時、「最近あまり悲しみを感じてないかもしれない」と思われた。悲しみに限らず、日常生活において、私の感情が揺さぶられることはあまりない。それは、自分で求めてきた状態である。ほどほどに幸せで、ほどほどに退屈。思い描いた通りの生活を、大学院生活の最後の一ヶ月で送っている最中に「悲しみ」などと目の前に置かれると面食らってしまう。この言葉とどのように接するか一瞬わからなくなる。

 ここ何年も「悲しみ」「悲しい」という言葉を発していない気がする。最後に「悲しい」と言ったのはいつだろう。「悲しい」と言って、そのように柔らかい部分をさらけ出した自分が、深い共感をもって迎え入れられた経験があまりない。だから、私はそのうち悲しい時にも「悲しい」と言わなくなったのだろうか?それとも、そもそも別に悲しいことがないからだろうか?前者にしても後者にしても、そのこと自体が、少し悲しくないか?そのようなことを思わなくもない。

 大江さんはこのエッセイの中で、「時によって軽減され、解消され」てゆく悲しみと、「死の時までつきあわねばならぬはずの、堅固な悲しみ」があるとする。

[...]自分のうちにほぐされることなく残っている、大きい悲しみがあり、それはもう中年も終りという自分の年齢になれば、死の時までつきあわねばならぬはずの、堅固な悲しみだということでした。しかもそれにつづけて、それならばこれらの悲しみは、すでに自分の生の資産にほかならぬ、という思いがきました。資産としての大きな悲しみと、積極的に共生する勇気をだしていただきたいと、僕は手紙を結んだのです。

(『世界』1984年7月号、241頁)

 それでは、「資産としての悲しみ」とはどのように定義できるのか。

 資産としての悲しみ、の定義。過去の、償いがたい出来事−−−しかし忘れさることはできない・忘れさってはならぬのでもある出来事−−−にみなもとはあるのだが、自分の現在の人間としての資質に生きている悲しみ。それが自分としての人間の見方、世界の見方に、複眼性という様相をあたえている悲しみ。客観的に自分を見るならば、それが自分の人間としてのありように、広がりまたは奥行きをあたえて、そこに翳りがはらまれている、そのような資産としての悲しみ。

(同上、241-242頁)

 通常「弱さ」の側に位置付けられそうな悲しみが、ここでは、世界の見方に複眼性を与えるものとして肯定的に捉えているように読める。続く部分で大江さんは、資産としての悲しみと共にあることを、「文学の役割」と結びつけて行く。

不幸な出来事によってつきつけられる不条理な悲しみを、資産としての悲しみに把えなおしうること。そのような資産としての悲しみを、自己のうちに活性化させることは、人間らしい、むしろ人間独自の行為であると思います。そこを介して、活性化した資産としての悲しみは、時をへだてたのち一種の喜びともなりうるのでしょう。

 たとえそのように喜びと呼びうるにはいたらぬまでも、われわれはしばしばある悲しみの記憶を呼びおこしては、または魂の浄化としてもいうべき慰安をあじわうのではないでしょうか? そこに僕は文学の役割をあいむすぶところがあると、文学がなぜ書かれるかをあきらかにする、すくなくともひとつがあると考えるのです。

(同上、243-244頁)

 悲しみの記憶が、本当にただ単にネガティブなものであるとしたら、確かにわざわざ呼び起こしたりはしない。私もまた、夢に惹起されて、ということが多くはあるけれど、それを呼び起こすことがある。それを通して、自分の中の普段は隠されている人間性を再発見することができる気がして、そうするのかもしれない。

 先に述べたように、もう何年も「悲しい」という言葉を口にしていないし、それを感じることも日常生活ではほとんどない。ひたすら本ばかり読んでいる私の生活は、悲しみから遠ざかることと並行して、実は、文学からも遠ざかっているのではないか?それをちょくちょく読んでいるのにもかかわらず…。

 要は、私は文学をある意味では消費してしまっているのだと思う。研究の対象としてという形であれ、現実から目を背けるための快楽を供給してくれるものとしてであれ。自分勝手な読みばかりしてきたような気がする。

 読む姿勢を改めなければならない、と切に思う。自分にとって理解不能な部分を無視せず格闘する中で、自己変容の契機を得るということが消費しない文学との向き合い方だろう。もちろん、とても体力が必要だ。

 そのような読書を行う姿勢を身につけて行くことは、簡単に可能であるとは思えないのだが、とにかく、読んでいれば何かのきっかけで、よく読むことができたと思えるタイミングはある。また、読んだことについて書く中で、削ぎ落として理解していたことにやはり向き合わなければならないと気づく瞬間はある。だから読むことと、読んだことについて書くことは、やめないようにしようとは思う。ストレスが多すぎると、続かないし。とりあえず、それだけ。