目をつぶらない

文学を専門とする大学院生の日記です

先生と生徒は友達になれるか

中高生の変化を見る楽しみ 

 中学・高校生を教えていると、本当に彼らが日に日に変化していることがわかる。もちろん、気をつけなければわからないのだが、少し気をつければ、そのことは明白になる。

 

 身体的な変化はもちろんのこと、考え方や語る言葉も少しずつ変化している。二週間ほど前に話したことが覆されるのはしばしばである。

 もちろん、以前はあまり考えに入れていなかったことに関してよく考え、情報を仕入れた末に短期間で考え方を改めるということは、大人でもよくあることだ。

 しかし、中・高生の場合、そのもととなる価値観自体が変わっていることがある。そして次の週に戻っているということもまた、よくある。

 つまり、そもそも自分の考え方のもととなる価値観を言語化することができていないため、何を基軸にして考えれば良いかということに関して、揺れが見られるということなのだろう。

 一旦言語化を試みては、それを検証し、違和感を感じてもとの曖昧な状態に戻るという繰り返しは、見ていて大変面白い。そうか、このようにして自己というものが固まっていくのか、と思う。

 

コミュニケーションの変化は見えにくい

 

 しかし、ある変化に関しては、教師という立場として関わっている以上、それほど明確に見えないことがわかってきた。それは、生徒のコミュニケーションの変化である。

 ここで「コミュニケーション」という言葉を用い、私が示そうとしているのは、とりわけ人との会話の場合を想定したときの、内容的な側面以外の面である。狭く言えば「ノリ」と言われるものを示そうとしている。

 

 自分自身を振り返ってみた時、特に友人関係の中で、私のコミュニケーションは大きく変化してきた。具体的に、どのような人から影響を受け、どのようなコミュニケーションを移入してきたかということを、私はいくつかの点に関しては明確に想像すらできる。

 例えば、中学時代、私は相手の発した言葉の含意をあえて極端な方向に広げ、それを相手が含意しているという風に差戻すことによって、おちょくる、煽るということを身につけた。

 また、第三者の標準から外れた、奇態に見える振る舞いをあげて、その標準からの離れ具合を強調することにより、日常と差異化し、笑いをとるということも中学時代の友人から受け取った笑いの創出の方法であったと思われる。

 振り返ると、私が友人と会話をするときのノリは、中学、高校と大変激しく変化している。高校に上がってから半年後に中学時代の友人と会ったとき、その変貌ぶりに驚かれた。「なぜそのように難しいことを言い始めるのか?」ということを正面から問われて困惑したのを覚えている。

 高校ではより繊細な差異を通貨として、ノリが成立していたのだったから、私としてはそれに自分を合わせて行った。その必然的な収斂として、私は知らないうちに中学時代のコミュニケーションからずれてきていたのである。

 

 話が脱線したが、私が感じたのは、このような生徒のコミュニケーションの変化は、とりわけ教える側として付き合う限り、最も把捉が難しいものであるということである。

 その理由として、①彼らが様々なコミュニケーションの方法を相手に応じて使い分けること②その使い分けは出会った当時のものからそうそう変化するものでないこと、以上二点が挙げられるように思う。

 

固定する対先生コミュニケーション

 

 前者はあまりにも自明であるが、後者に関して私はあまり自分自身意識してこなかった。しかし、そのことに気づいてよく考えてみるに、私自身がそうだったことが、遡行的に思い出された。

 

 例えば、中・高と私のコミュニケーションの方法が大きく変化したことは前述の通りだが、一方で、小学校・中学校時代の担任の先生に会いに行くとき、私のコミュニケーションの方法は、当時とほとんど変わらなかった。

 私はつまり、小学校時代の先生に会うときは、小学校時代の自分に、中学校時代の先生に会うときは中学校時代の自分に戻っていたのである。

 もちろん、細かな変化はあったのだろうが、振り返って考えると、私は驚くほど当時の自分に戻っていたと気づかされる。今現在もまた同様に、私は高校時代の教員に会うとき、高校時代の自分に戻っていくように思う。

 それは、単純に感慨としてそうなのではない。コミュニケーションの方法としてそうなのだ。過去の教師と生徒とのコミュニケーションを、そのまま私は再現している。この人と話すときは、これ、というのが型として決まっており、それは容易に変化しない。

 教師の側からみたとき、私のコミュニケーションの変化は、教師とのコミュニケーションの場面だけ考えれば、ほとんどわからないものだと言って良い。表出しないからだ。

 

先生と生徒はどう付き合うべきなのか

 

 だからこそ、受け持っている生徒が友人に対して行うコミュニケーションをふと見かけると、私は驚かされてしまう。そして、私が見ている彼は本当に彼の一面にすぎないのだ、と当たり前のことを具体的に納得させられる。

 そしてまた同時に、そのことの意味についての問いが生まれる。自己というものが本質的にはない以上、それが多様な現れをするのは当然だ。だとして、先生としての私はそのことをどのように受け止め、どう彼とつきあうべきなのだろうか。

 この問いは、問わなくてもよいことを問うているように思われるかもしれないが、私としては、良き人付き合いとはどのような付き合いなのかということの延長に位置付ける形で、教える側として生徒とよき付き合いをするとはどういうことかということを考えてみたい気持ちでいる。

 

先生と生徒は「親密」になれない

 

 よき付き合いとは通常、親密度で測られる場合が多い。

 親密度とは何か。私は、型を意識しないことであると考えている。

 もちろん、どのような人でも、対する相手によって型を必ずつけかえている。つまり、いかに親密な相手だとしても、その相手向けの型を、私たちは作っている。

 しかしながら、その型を意識して演じるか、そうでないかという点に違いがあると思われる。

 

 型を意識して演じるということは、型の枠を厳密に定めるということである。つまり、どこまではしてよく、どこまでは悪いかということが明確に意識されている状態だということだ。

 そのような型への意識が緩くなることが、親密であるということだとしてみれば、親密さとはつまりは、型からはみ出る部分に関し、相手に見られてもいいと感じることであると言える、と私は考えている。

 それは許可であるが、許可と厳密に意識しないままにある許可である。この、許可としての厳密さが不在なままある許可、曖昧な許可、そして曖昧な禁止こそが親密さの本質なのではないだろうか。

 

 もし、親密さがそのようなものとして捉えられるのだとしたら、教育者は、生徒と親密になることは難しい。教育者は否応なしに許容と禁止とを明確に区別する存在だからだ。

 ある発達段階を過ぎ、教育者がその人にとって教育者という立場でなくなったとしても、依然としてその人から許可と禁止とを受けた記憶は残り続ける。その視線は自分の振る舞いを許可するか禁止するか、その境を厳密に判断しようとしているように感じられる。

 教師に対して生徒としての私が厳密に型を作り、そしていま現在もそれを反復しているのは、その視線に許可と禁止とを峻別する強度を感じ続けているからであり、それによってこそ、当時の自分が当時の自分として形作られてきたからだ。

 このような状況は、境界設定の強度として異なるとしても、友人関係の場合においても同じはずだ。しかし、友人関係の場合、対等な関係において、お互いの境界を設定しあう。境界設定の闘争がそこに存在するのである。

 必然的に、そこには教師-生徒との関係ではありえ(てはいけ)ないような境界の侵犯・浸透がありうる。闘争に負けたり、また、柔軟に相手を受け入れると決めた場合においては、境界は侵犯してくる相手に合わせて内側に凹むように、形を変える。対等な関係において、反発も接近も教師との関係よりはるかに急進的に行われることが多いのはこのような理由からだと考えられる。

 親密さは、このような境界の押し合いへし合いの中でこそ醸成されるものなのだろう。

 

親密になれなさを生かすこと

 

 それでは、上に述べた意味での親密さを教師が生徒との関係で得がたいことは不幸なことなのだろうか。

 

 型への意識の不在が親密さであるとすれば、生徒が教師とリラックスして自然体で付き合うことにはどうしたって限界がある。しかしこれは一方で、ある型に従ったコミュニケーションを厳密に展開する可能性に開けているとも言える。

 例えば、教師と話し合う中で、新たな思考に自己を開いていくことができる場面は多い。それは、そのままでは拡散し、曖昧になりがちな自己を導くことが、教師の境界設定によって可能になるからだ。

 道がないところで、ある方向に一直線に進むことは大変難しい。一人一人のからだに内在する癖や傾向があるからだ。

 どこかで自己の傾向に従い、ずれ、斜めになり、結果、予期せぬ場所についてしまう。それを規制するのが、生徒にとっては教師である。

 また、生徒という立場を抜け出した場合、それを規制するのは規範であり、学問で言えば、論文を書く際に必要とされる手続きがこれにあたる。

 もちろん、教師の側は生徒とのやり取りの中で、自分が設定する境界自体が、やはり全くもってまっすぐなものではないこと、また、自明視している方向以外への方向の可能性に気づかされる。

 以上を考えれば、教師が生徒に親密さという観点から近づきがたいことは悲しむべきことではない。

 

 一方、人間は常に規範を意識し続けたまま生活することはできない。それは大変疲れる行為であるし、規範ばかりを意識すれば、その規範の起源の意味は忘れられ、それらはただの壁にしか見えなくなる。また、壁を自己に合わせて再設定し、与えられた壁を自分のものとして再領有することは不可能になる。

 自己を規範から自由にすること、そのためには親密な友人は必須である。親密な友人の意義は他に数え切れないほどさまざまにあるだろうが、ここでは論旨との関わりから規範からの自由をとりあえずのところ主張しておきたい。

 

規範と自由との往還を支援する先生

 

 以上論じてきたことを踏まえた上で、私は教師の役割として、規範の側に立つ以上のことが存在すると考えている。

 

 一方に規範(対先生コミュニケーションにおいて設定されるもの)、他方に自由(対親密な友人コミュニケーションにおいて可能になるもの)を置いた時、ある意味で最も不透明で、同時に重要でもあるように思われるのは、規範からの自由、自由からの規範といった、移行それ自体ではないだろうか。

 規範も自由も、先に述べたように社会生活を営む上で必要不可欠だ。それが自明であるにしても、では、その二つをいかに架橋するのかということは大変難しい問いとして残る。

 教師は、この架橋をささえることを通して、単なる規範設定ではない存在として生徒に現れうる、もしくは現れるべきなのではないかと私は考えている。

 

 どういうことか。

 教師として生徒に関わる時、自分は規範の側におり、それを規定すればよいと考えるだけでは不十分だろう。これが、要するに、教師の悪しき権威主義につながりうる。

 一方で、だからといって、生徒との親密さを築こうとすればいいということでもない。教師は生徒の対等の友人たりえない。無理して親密さを仮構しようとする教師の振る舞いは、それはそれで欺瞞である。

 

 それでは、教師と生徒とのよき関係は、どこに求められるのだろうか。それは、生徒が、規範と自由とを十全に行き来するように後押しする中に求められる。

 

 規範を設定すると同時に、その規範から自由へと向かう生徒の方向性を励ますこと、そして、自由な状態にいる生徒を規範の側に迎え入れること、その絶えざる移行を受け入れて、見守ることが、教師ができ、またすべきことだと思われる。

 

 こう述べると、結局教師は承認する側であり続ける、つまり、教師は移行を手助けするフェイズに置いてもまた同様に移行を手助けする「規範」であり続けるように思われるかもしれない。その通りである。

 しかし、一方で、移行を励ます教師は、自由の領域へと送り出した後の生徒から見つめ返されるという意味で、他者性を呼び込む存在にもなりうると考えられないだろうか。

 

 生徒の自由の領域を本当の意味で認める時、教師もまた、自己が生徒の評価に本当の意味でさらされていることを意識せざるを得ない。教師の手を離れたところにいる生徒の存在を認めれば、教師である自分の権威は、そのような場にいる生徒の前には瓦解することになるからだ。

 そして、その状況にいる生徒から「規範」以外の存在として受け入れられることができれば、教師と生徒との関係は、より対等な関係に近づくと思われる。

 教師として生徒と関わることを厳密に捉えることの延長上に、逆説的にも、二者が対等に付き合う可能性が開けるように思われるのだ。