目をつぶらない

文学を専門とする大学院生の日記です

最初にやりたかったことってなんだろう。

 

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 今日は遅く起きた。眠い目をこすってiPhoneで新聞を一通り読んだ後、大学の図書館に行った。午前中いっぱいは黒井千次の『時間』という作品集の中の中編「時間」を読んだ。

 

時間 (講談社文芸文庫)

時間 (講談社文芸文庫)

 

 

 黒井千次は、これまで一度も読んだ事がなかった。最近読んでいるのは、飯田橋文学会という学者・文学者からなる文学交流会が主催する、現代作家アーカイブという企画を聴きに行こうと考えているからだ。現在活動中の作家が来場し、自己のキャリアや、キャリアの途上で書いた作品についてのインタヴューに応じる企画である。

 

new.lib.u-tokyo.ac.jp

学生時代を問い直したくなる

 『時間』は大変良い作品だった。大学卒業後、企業戦士となった主人公が、大学時代の交友関係やゼミに関わる中で、左翼運動に接した学生時代と現在のあり方との関係を問い直す作品である。

 もはや「ノンポリ」という言葉を使うこと自体がたまらなく「臭い」が、あえて用いるなら、私自身は完全に「ノンポリ」である。しかし、大学院と就職との間にある現在の私にとって、この6年間の学生時代をいかに総括するかということは大きな課題なわけで、その点において、『時間』という作品が自分と無縁のものとは思われなかった。

最初やりたかったことは、できた?

 この作品を読む中で、大学生活始まって以来、一貫して親しくしてきた友人から投げかけられた何気ない一言を思い出した。

「この大学生活はどうだった?」

「うん、楽しかったよ」

「やりたいことはできた?」

「やりたいこと?」

「最初やりたかったこと、それはできた?」

 ほんとうに何気ない一言なのだが、私は自分でも意外なほど面食らい、次の言葉が出てこなくなってしまった。目先の「やりたいこと」を次から次へと必死に消化していく一方で、当初やりたかったことに関しては、全く意識しないままに過ごしてきてしまったことに気づかされたからだ。特にこの二年、あんまり忙しく、また忙しくない時も、気持ちが落ち着かずに、そんなことは考えてもみなかった。

 ただ、大学入学当初やりたかったことをわざわざ振り返ったり、思い出してみようともしなかったことの理由として、一番大きいのは、私がそれを昨日のことのように感じているからだと思う。私は大学入学当初の自分と比べてほとんど全く変わっていないと、そう思っているからだと思う。振り返るまでもないというわけだ。

 「「最初やりたかったこと」なんて言われても、だって今だって、最初のままのようなものでしょう?だとしたら、今私がやりたいことが、最初やりたかったことのようなものでしょう?

 つまり、例えばあることを言った後で、すぐに言い直したとしたら、後者の言い直した方が、本当に言いたかったこととして最初に言われた方は言う方にとっても聞く方にとっても、霧消してしまうでしょう?」

 そう言ったとして、彼はすぐにこう反駁するだろう。

「でも、六年たったよ」

 そう、六年たった。本当に?そうして振り返ると、確かにそうだ。大学一年生のときに考えていたことと、今考えていることは、結構違うような気がする。それゆえに、当時自分が考えていたことに一定程度耳を傾けるべきな気がする。子供の時に自分が持った問いの一部が、後から案外重要であったと振り返られるように、大学一年次に自分が考えていたことは、一笑に付せるものも数多くありながら、今ではすっかり見えなくなったものをはらんでいるような気もする。

 しかし一方、「それがあるのだとしたら、とっくに気付いている、だって、大学に入学したのは昨日のようなものじゃないか、当時重要だったものは、今も変わらず重要であるに決まっている」という心の声を聞く気もする。

 要するに、大学一年次は今の私からは遠い過去になる一歩手前であるのだ。まだまだ全然、それは手の届くところにある気がする。

 私は大学生活を忙しくしすぎたのかもしれない。大学一年生の時の自分が夜遅くまでドイツ語の不規則動詞を暗記して、授業で紹介された小津安二郎の映画をYouTubeでちょっと見て、それで寝て起きたのが、今日の朝起きた自分に直に接続しているような…。

 しかし、当時はiPhoneをもっていなかったし、ノートパソコンはいまよりずっと重いものを使っていた。当時の私は漱石や三島をほとんど読んだことがなく、洋書を丸々一冊読破したこともなかった。住まいは今とは違うし、使っている筆記用具も鞄も時計も、来ている服も違う。あらゆるものが違う。しかし、それを昨日のように感じてしまうのが不思議である。

「最初やりたかったこと、それはできた?」

 なんだかとても面食らって、適当に受け流した彼の問いを、今落ち着いて考えようとするけれども、何もでてこない。私は「最初やりたかったこと」が一体なんだったのか、それを思い出すことから始めなければならない。