SUMMERY

目をつぶらない

滑らかに生きたい。明晰に生きたい。方途を探っています。

雑感

 韓国でなんとか暮らしている。「なんとか」とか書いたが、実際は全然「なんとか」ではなく「超快適」が正しい。割と高いホテルを取ったので、スペースは十分、机で何冊か本を広げて作業ができる。夕食は基本コンビニ弁当だが、美味しい。

 感覚的に言えば、物価は「東京とほぼ一緒」。だがあえて細かい点を挙げるとすれば、相違点は以下の通り。

・公共交通機関は、韓国の方が安い。電車は40分以上乗っても2000ウォン=200円を超えない程度。バスも大体似たようなもの。

・カフェは、韓国の方が高い。スタバのドリップコーヒートールが410円。日本だと場所にもよるがどこでも350円は切っていたよねえ。

・甘いものは、韓国の方が若干高めな気がする。例えば100円くらいでチョコビスケットの袋とか買おうとすると、見つからない。甘いスナックは大抵150円以上

・コンビニ弁当は、韓国の方が安い。一番高いもので450円くらい(日本だと400円が最低ラインで600円くらいのもある印象)一方おにぎりは韓国の方が少し高い。一番安いものが130円くらい。ま、でもおにぎりは大して変わらないかな。

・外食費はほぼイコールと考えていいと思う。個人商店は韓国の方がほんの少し安い気がする(600円〜)が、その分牛丼屋とかがあまりないので、「お昼は500円で済ませたい!」と思っても店が見つからない感じ。イートインがついているコンビニが多いので、500円以下で済ませたい人はコンビニで買ってその場で食べているのだろう。

 

 今日は突然公立中学校の日本語スピーチコンテスト審査員を拝命し(本当に突然)、地図だけ渡され一人で行ってきた。韓国語がほぼ一言も話せない状態で、現地の公立中学校にたった一人乗り込むことになるとはよもや想定していなかったが、「Summeryさん落ち着いているので大丈夫」と言われ、まあそれはともかく特に問題なかった。

 今日行ったのは、日本で言えば港区的な高級住宅街の一角にある公立中学で、だからかもしれないが、礼儀正しく、真面目な生徒が多い印象。先生方も心なしかファッショナブルであった。昨日は英語スピーチコンテストが行われたとのこと。明日は中国語スピーチコンテストが行われるらしい。

 学校自体は普通の公立中学、という感じ。日本と大して変わらなかった。職員室が複数あり、日本の職員室のように一つの部屋に教員が全員押し込められていない。最初行って時間が来るまで待機していた際に何人もの生徒が職員室に割と気軽に入ってきては出て行った。良し悪しだろうが、教員と生徒の距離が近いのは私はいいことだなと思う。

 

 明日は学校三つをめぐる予定。 

 

 

出国、離人

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 今日から海外出張で、今羽田空港国際線の搭乗ゲート前で書いている。随所に大きめのテレビモニターのようなものが立ち、日本の製品、美容品、食品や地方文化の紹介などをしており、モニター音から解放された静かな場所がなかなか見つけられない。紹介は全て日本語でなされるのだが、出国する日本人たち向けなのだろうか。

 大学二年生のころ、トランジットで4時間ほど滞在したヘルシンキ空港は、本当に居心地のよい場所だった。特別なおもてなしがあるわけではなく、また、興趣を引く様々な物品があったわけではない。だだっ広い場所に、ほぼ椅子以外何もなかった。壁や床、椅子などの色はそれぞれに落ち着いていて、全体のバランスもよかった。空港は大概そうだと思うけど、ヘルシンキでも、発着陸する飛行機を見渡す窓は壁一面に広がり、果てしなく大きかった。ほとんど、外とつながっているようなのである。ここでならものを考えられる、と素直に思えたのだ。

 ポツンとあったカフェで飲んだコーヒーは、マクドナルドのような簡素なカップに入れられ、味もそれほど良くはなかったが、5ユーロくらいした。ユーロを使った初めての経験だった。

 

 安い航空券しか買わないから、海外に行くときは毎回のように朝が早い。始発で間に合いそうにないので父に車をだしてもらうこともしばしばだ。

 今回は電車だが、5時台に起きなければならなかった。前日22時には寝たので、5時には自然に起きられると思ったが、念のためにセットしておいた目覚ましで叩き起こされた。そのとき私は、ハリー・ポッターとして生きながら、しかし競馬場の職員をしていた。競馬場の職員なんて、ハリーとはかけ離れていそうなのに、夢の中の私は、確固として自分をハリーとアイデンティファイしていた。疑うことすらなかった。目覚ましで起こされ、自然に起きられないほど深い眠りに、明け方入り込んでいたことに驚きながら、せっかく面白そうな夢だったのに、と悔しくなった。

 三週間、海外にいる。やれやれ面倒だと思うが、面倒なことをしないと、新奇な体験をできないことも事実である。海外に行って、後悔したことはあまりない(コストに見合わないな、と思ったことはある。って、これが後悔か・・・)。今回も漠然と期待している。

 

 

 

「お勉強」と仕事の間

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学校からの帰り道

学校の先生になった理由?

 以前「学校の先生という選択肢を捨てた理由」という題の記事を書いた。

 

summery.hatenablog.com

 

summery.hatenablog.com 

 その手前恐縮なのだが、私は現在都内で高校の教員をしている。国語科である。現代文専門だ。

 なぜそんなことになったのだろう。はっきりと教師になろうという選択は、最後までしなかった。しかし、なぜか、流れ着いたのである。もちろん、内定をもらってそれを受諾する、ということはしたのだから、選択はしたということになる。けれどもそれはその時の状況がそうさせたという感が強く、はっきりと、何年も教員という職業を背負ってやっていくことになるのを意識しながら、数ある選択肢を捨て去り、教員を選んだのではない。だから、いまだにどうして先生になったのだろうと思う時がある。

 しかし、なんだかんだ教員という選択肢からつかず離れずに長い期間を過ごしてきたことは事実だ。だから長い目で見れば、曖昧なまま少しずつ、私はそちらの方向を選択していたのかもしれない。それは、他の全てを一瞬のうちに断ち切るような意味での「決断」ではなく、なんとなくそっちの方に接近していき、長い時間かけて境界線を少しずつ超えていくような、そういうゆっくりと深まりゆくような、選択だったのだろう。

 

「お勉強」という消費

 それでもやはり、なぜを問わないわけにはいかない。なぜ私は教員を選んだのだろう。そんなことを少し考えた。それで出た結論は、「「お勉強」するのが好きであるから」というものだ。「お勉強」という風に、小馬鹿にしたように表現するのは、私の中に、学問を消費している、という実感があるからだ。

 どういうことか。

 「お勉強」という言葉で私が示しているのは、最先端の学問的知見をわかりやすく噛み砕いてくれた新書や軽めのハードカバー、参考書、そして特に気になるテーマに関する論文を読むことを示している。その読書を通して知らないことを知ることができるし、物の見方は広がる。何か複雑なものを理解することにより知的満足感も得られる。「お勉強」は端的に言えば楽しいものである。

 「お勉強」が「楽しい」ものであるための重要な条件となっているのが、「勉強という行為の意味について考える必要がない」ということだと思う。もちろん「お勉強」と考えることは不可分だ。しかし、考える作業であれば楽しいというわけではない。例えば、クイズやゲームなどに時間を費やすことは私はあまりしない。一定時間以上やると、むなしさが募ってくるからだ。なぜそれに時間を費やしているのかわからず、時間と知的体力を浪費している気持ちになってくる。

 しかし、「お勉強」は違う。お勉強する内容は、大抵いつかの時代にどこかで誰か天才的な頭脳の持ち主が、熟考の末に導きだした知見の上澄みだ。そして今日にいたるまでの長い時間の中で様々な分野にその思考様式等は応用されている。それを勉強する意味付けについても、既に膨大な蓄積がある。

 いきなり極端に大きな話になるが、私たちが生きている意味は根本的にはない。何をしてどのように生きようが、価値の差などない。だからこそ逆に、時間をどのようにすごせばよいのか、よくわからなくなることがある。しかし「お勉強」は、その行為をする意味を、十分に供給してくれる。それをしている限りにおいて、私はあまり考える必要がないのだ。つまり、楽なのである。

 楽で楽しいから、私は「お勉強」をする。もちろん都度、何か目的意識を持って勉強をしている。授業の準備のためであるとか、生徒の自由学習の手助けにするためであるとか。しかし根本的には楽で楽しいからするのである。そうした行為の動機ということだけ考えれば勉強をする動機は、テレビを観たい人がテレビを観る動機と変わらない。楽でありたい、楽しくありたい、という風な欲望を出発点としており、どちらもいわば「消費」なのだ。

 私は「お勉強」を、学問的知見の「消費」という意味で使っている。上のような意味で、私は学問の消費者の一人である。

 

「お勉強」は誰のため?

 さて、話しを戻そう。私は「お勉強」が好きなので、教員になった。

 教員には、私のような「お勉強好き」が一定数居る。常に勉強をし、そこで得た知見を授業において生かす。わかりやすい解説本を大量に読み込んでいることもあり、教科の内容を噛み砕いて解説する方法を私のような教員は心得ていて、一定程度の支持を得られる。

 しかし、問題はここからである。

 「お勉強」好きな教員の基本的な姿勢は消費であり、知識欲という自分の欲望を満たすことだ。自分の勉強にはならないが純粋に生徒のためになることを、私は正直、大してしたくない。その最たるものが、事務作業や部活動顧問である。しかしここで私が「大してしたくない」と言っているのは、こうした明らかに授業と区別される活動だけではない。昨今教員のブラックな勤務実態が明らかになる中で、「事務嫌だ」「部活やりたくないです」は言いやすくなっている。だからといってやらなくて済むことは稀だが、やりたくないことを表明できる環境と、それを言うことすら憚られる環境とは大きく差がある。

 私が嫌なのは、丁寧でわかりやすいプリントを作ったり、毎日こまめに宿題を出して、それをチェックしたりということだ。私の勤めている高校はそれなりに受験指導に熱心である。朝学習、放課後学習、夏期講習などがあり、頻繁に小テストや課題提出がある。

 これらが正直今、面倒でたまらない気がしている。なぜならそれらは純然たるルーチンワークだからだ。いわばそれらは計算ドリルのようなものだ。そりゃあ毎回きちんと先生がチェックしてあげたほうが、上達はするだろうが、そんなことをしていたら私の「お勉強」の時間がなくなってしまう。

 彼らができるようになるのは嬉しい。彼らの成長に貢献できているという実感は嬉しい。もちろん、そうした喜びを、私は十人並みに感じる。しかし一方、テストの採点なんて、別に私でなくともできる、と思うのだ。

 生徒の学力的な向上や、健全な発達を支援するのが教師の役割だとすれば、こまめに宿題を出したり、体験学習等の企画運営に時間を使うほうが、半分消費のような「お勉強」をするよりも目的に適っているはずである。しかし私は、それをすることを、本当に面倒に感じる。

 「お勉強」が授業に還元されればよい。私の「お勉強」が回りまわって生徒のためになればよい。それが一番幸福な形だ。そうしているし、そう出来ているつもりでいる。毎週のように休日図書館に行き、借りてくる膨大な教育本や、ブックオフでふと購入する参考書の類。それらから得た知識を私は授業を通じて還元している気でいる。しかし、改めて、教師の「お勉強」は果たしてどれだけ授業に還元されるのか、私は疑問を抱いている。それを生かすことができるためには、相当に大きな裁量を与えられていなければならない。厳密に授業計画を立てることを求められ、毎時間生徒が身に付けなければいけないことが決まっているような学校(大半はそうだろう)であれば、「お勉強」が効果を発揮する場面は多くないのではないか。究極、学校によるとしかいえないのだが、ほとんどの学校では、教師が「お勉強」を通して授業の質を向上させようとするよりもドリルのチェックなど生徒のお世話に労力を費やしたほうが、学力は向上し顧客(生徒)満足度という意味での「教育の質」は上がる気がする。もちろん、「教育の質」ってなんだよ問題は、あるのだが。

 

「お勉強」ができる職業

 「お勉強」を業務時間外にやるのだったら立派なものだが、見る限りお勉強好きな教員は、「お勉強」を業務の時間内にやる。これは当然かもしれない。教師の業務の性質上、「お勉強」は授業準備と切り離せないところがあるからだ。それを切り離し、「お勉強」はするな。授業準備や校務分掌だけしろ、と言われたら窮屈すぎる。私はそんな職場は辞めるだろう。その効果は正直曖昧なのだが、教師は「お勉強」を仕事としてできる。

 だから私は、「お勉強」好きな人に、教師はうってつけだと思う。実は、下手にいろいろ「お勉強」するより、指導書(馬鹿にしていたが、改めて読むと大変良く出来ている)に首ったけになるほうが、結果的にはいい授業ができる可能性は多々ある。けれども、だからといって教師の「お勉強」が表立ってとがめられる、などということはないのである。

 大学で詳細なシラバスが求められる昨今では、厳密な時間管理や、数値で表すことのできる成果が求められ、教育現場でも「お勉強」をするのに窮屈に感じることがある。国語科は、身に付けるべき能力が教科書掲載のテクストと不可分なものではなく(=教科書に載る文章自体を暗記したり、その文章の思考法を身に付けなければならないというわけではない)、目的が読む方途や書く方途を学ぶ科目であるため、他の科目に比べて教材選択の自由は確保しやすい。つまり「お勉強」が生かしやすい。しかし他の教科に関して言えば、少なくとも卒業までに全範囲を終わらせ、基本的な問題が全員解けるという状態を目指すのであれば、そうはいかないだろう。他教科の同僚らは、国語科の私がやっているよりもはるかに小テストの作成や採点、入試対策の教材作成に時間を取られている。彼らにとって、指導とはほぼ、大学受験のための指導に等しい。彼らは否定するだろうが。

 しかしそれでもやはり、「お勉強」が曲がりなりにも許され、それを仕事の一部としてみなしてもらえる職業の筆頭は教員なのである。それが本当に生徒のためになるのかは別として。

 誰のために働いているのかを、ここでは明確にしなければいけない。自分を中心に考えるのであれば、お勉強をしてよいというのは大変なメリットだ。けれども人のためになること、人を喜ばせてお金を得るのが仕事なのだとしたら、お勉強ばかりする教員はよい教員ではないということになる。彼は、話は面白いかもしれない。そして、面白い話が好きな生徒のためにはなるかもしれない。しかし根本的に、自分の勉強が第一で、あわよくばそれを授業に生かそう、くらいにしか思って居なかったりする。

 

なんのための教員?

 どれだけ他者に裨益するような仕事をするべきか。どれだけ自分のことを優先してよいか、私はわからないでいる。もちろん、そんなことに解はないのだ。それは周囲との関係性によってきまってくるもので、社会人はみな一律、顧客第一にしなければならない、という決まりなどない。というか、「顧客第一」という言葉や姿勢に潜む欺瞞というのも、結構怖いものだ。だからといって、自分のことばかり考えることが免責されるわけではないけれど。

 教育は一筋縄ではいかない。授業の目的の一つに生徒の学力向上は数えられるかもしれないが(学力って何?問題も置いておく)、教育全体の目標が学力向上というわけではない。私は幸い、生徒指導は好きなので、そこに多くの時間を使ってもあまり苦痛は感じない。それに時間を費やしたからといって、「お勉強」の時間が無駄になったなとは思わない。授業だって、受験のためのことを教え込まなくてよいのなら、きっと今よりも好きになれるだろう。自分の考えを素直に伝えたり伝えられたりすることができる場に、授業がなれば。けれどもそれは、一人よがりになりかねないのであるが。それならば、受験のための勉強を教えているほうが、まだためになる、と考える自分もいる。私は受験勉強を否定しているわけではない。それは本当に様々な面で役に立つ貴重な技術だ。小っ恥ずかしいが、この社会において「生きる力」の重要な構成要素として事実あると思う。でも、それを繰り返し教え込むことには、あまり前向きになれないでいる。

   どんな目的で、何のことを考え、誰の方を見て仕事すればよいか、よくわからなくなってきている。そして、それにある程度答えをだすためには、自分の核としてある「お勉強」を仕事にどう生かすか、というところが深く関係してある気がする。

 もう少し考えていきたいなと思う。

「安心してどうするんですか死ぬだけなのに?」 うーん

久々の更新であるのに、前回の更新から経た歳月などなかったかのように書いてしまうのだけど、飯田橋文学会主催の文学インタビューを聴いて来た。今回は詩人の高橋睦郎さんに対するインタビューである。この企画は現代を生きる作家の生の声を聴くという趣旨で、インタビュー内容は後日noteなどで公開(有料)されたり、東大出版会から出版されるのだが、その元となるインタビューの収録を講演会のようにして一般公開しており、それに行って来たのである。企画について、詳しくは以下のリンクから。

 

iibungaku.com

 

 現代作家アーカイブは、不可抗力で参加できない場合(実施場所が京都、とか)を除き、これまでほぼ全部参加しているかもしれない。出不精の私としては珍しいことだなと思う。企画を中心的に主導する大学の先生に薦められて出始め、これで都合三年以上になるだろうか。

 上記のリンクを参照してもらえばわかるのだけど、インタビューは基本的に対象の作家さんの生き方であるとか、創作の秘訣、文学をどのように捉えているか、などジェネラルな問いをめぐっており、インタビュアーは作家さんがお話しするための材料をちょこちょこ提供したり、進行を司ると行った形。特定の作品や作家の人生の中の特定の時期、その思想などについて狭くフォーカスするわけではないので、正直話が深まることは稀な感じ。しばしばなされる「ーさんにとって文学とはなんですか」「この作品はどういう背景で書かれたものですか」的な問いに関しては、作家がおそらくこれまでも人生の各所で受けて来た問いであり、「その質問の答え、昔受けたどこかのインタビューに載ってるのでは・・・?」とか思わなくもないのだが、語る時の息遣いや、聴衆を前にした時の構え方など、作家の生身の身体性が伺えるのは魅力。それを目的にして行く企画であろう。

 

 高橋さんに関して私は全く知るところがなかったが、以前三島由紀夫に関するシンポジウムでお話しされているのを見て、「話が面白い人だ」と感じていたので、今回参加した。その作品についてはほとんど読んだことがないが、インタビューの中で垣間見えた高橋さんの人生観が面白かった。

 

 どんな話かというと性に関する話で、具体的には結婚のことなのですが脳内で再現したものを無批判に書き出すと

結婚っていう制度は面倒。本当に面倒で、なければいいのにと思うけど、ないとどれだけ自由かといつも思うけれど、ないとみんな不安になるんだよね多分。でも、不安だからなんだっていうの?安心しても仕方ないでしょう死ぬだけなんだから

 というような感じ。なかなかグッと来た。今、私は大変安定した生活をしてしまっていて、だからグッと来たのだと思う。

 教員の仕事は、うちの学校がゆるいからかもしれないが成果は求められないし仕事の量は自分で調節できるし、したがってほぼ定時に帰れるし。何も苦しゅうないのである。好きな勉強もでき、また勉強せずに酒飲んで映画観て、とか適当な新書読んで、21時に寝る、とかもやり放題なのだ。本当に大きなヘマさえしなければ今の職場にい続けることができる。年収も本当に少しずつだが、上がって行く。

 しかし、高橋さんにしてみれば、「それで、安定しているからなんだっていうの?どうせ死ぬだけなのに」という感じだろう。うむ。そうだよなあ。不安定さを逃れたくて、就職したのに、そして一応うまく行ったのに贅沢な話だが、安定してみると、「だから何なんだ?」とは正直思うんだよな。

 大学院生時代は「自立したい」と「それにはお金が必要だ」の二つの間でひたすらに苦しんでいた気がする。「自立したい」という気持ちに勝つ欲求は当時はなくて(今もかな)、とにかく就職することにしたのだった。就職活動をする中で、体育会系のカルチャーが片鱗でも見えるような場所は心理的に耐えきれないな、と思い今の職場を選んだ。

 一つ一つは合理的な選択の積み重ねなのだが、それがものすごく無難なところにたどりついて、では、それでいいのかと感じなくもないこの頃である。教える仕事なんて学生時代からやっていたことで、できることは目に見えていたし、あんまりガツガツとした進学校や部活重視の学校だと休日がなくなって大変だから、そうでなさそうなところを選んだ。それで実際そのとおりのところに就職できた。予想通りそつなく仕事をこなせている。

 つまり、全て希望通りなのだ。その上でなんだかモヤモヤするのは、結局自分の幅が広がっていないなということである。随分と早々と、おさまるべきところにおさまってしまった。「それで、安定しているからなんだっていうの?どうせ死ぬだけなのに」と高橋さんに面と向かって言われたら、どうしよう。

 大学時代に気づいた自分の長所は、周囲の状況から手に入れることが可能なものを見定め、それを手に入れるという能力である。「手に入らないものは最初から求めない。できないことはしない」というのとは違う。手に入らなさそうなものを求めるときは、安心してそれを求めることができるような環境整備をまず先にやる。そのように何事も、ステップに区切ってやろうとする私なのである。

 その結果として、丸腰でラスボスに向かう、みたいなことはなくなってしまった。大きな困難に歯を食いしばって立ち向かううちに、いつの間にか大きく伸びていた、というような受験のサクセスストーリーのような可能性は、ここ五・六年の私にはない。

 でも、そんな風に常に計画立てて、先を見通して、今にある程度余裕ができるような進み行きをおこなうようにして、それで、どうだっていうのだろう、

 と思わなくもないなと感じるのである。

 

***

 余談なのですが、この土日月と私は三連休で、どっかに行ったりすればいいもののずっと喫茶店か図書館にいて喫茶店・図書館・自宅をぐるぐるしているばかりであり、誰とも一言も会話しなかったので、インタビュー企画で友人と話すときに会話ができなくなっていて自分に引きました。

(私)「祖母の家が八王子にあるんですけど」「八王子なんだ」「いや八王子というか、豊田なんですけど、ちょっと八王子方面なので八王子が出ちゃいました」とか、「通信でいま**免許とろうとしているんだよね」(私)「そうなんですね。何時間くらいですか」「40時間です」「40時間ですよね」「あれ知ってるの?」「いや、40時間と言われたので、そうですよね、という気持ちをこめて」

 とか、もうなんだか、相手の発した言葉をどういう風に受けて次の会話につなげるのかわからなくなっていてそれを弁明して、弁明中にまた新たな言い間違いをして、の繰り返し。

 

 

僕がUTクラスタだった頃

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     別のところで書いた記事の転載です。ご笑覧下さい。

     聴衆に向かって話すように書くと、やっぱり文体やノリが普段とはうって変わった感じになります。以下本文

 

 

    最近ちょっと真面目な記事ばかり書いていたので、今日は僕が最高のツイッターだった時の話と、その少し後までの話をします。

 

ツイッターって知ってる?

 僕がツイッターを始めたのは、大学一年生の6月ごろです。駒場の食堂で、浪人した僕よりも一年先に入学した高校時代の同級生から、唐突に勧められたのでした。

ツイッター…?そういうのがあるのは知ってるけど、なんだか難しそうだし、私はやったことないかも…」

 本当にこんな感じのピュアな受け答えをしたことを覚えています。

 困惑を隠さない僕に、彼はたたみかけました。

「いやいや簡単だよ。みんないるからやってみなよ」

 手際よく僕からGメールアドレスを聞き出した彼は、ものの3分ほどでアカウントを作ってしまったのでした。

 以降、僕は3年以上astro_cat_という名前でつぶやき続けました。多い日は1日に50もつぶやいたと思います。一週間に15コマくらいとっていた、せわしない日々。僕は暇さえあれば人差し指でTLを下に引っ張っていました。

 

 一応エクセルに、当時のつぶやきの数々を保存しているのですが、僕は一つのつぶやきの文字数が多めだったので、1万2千ほどのツイートの文字数は合わせて60万を超えています。その大半はほんとうにクソofクソなのでもはや頭から読み返すことなど思いもよらない状況です。

 それは僕という人間の記録としては意味があるかもしれませんが、僕に興味を持たない人々にとってはただのゴミの山です。よくもこんなものを、大衆の目に映りうる形で発信していたものだなと感心します。

 

僕がUTクラスタだった頃

 ツイッターを始めてしばらく、僕はUTクラスタの一員となっていました。 

 UTクラスタとは何か。要するに主に前期教養課程の東大生ツイッタラーたちの総称です。

 「前期教養課程」と決めつけてしまいましたが、「UTクラスタ」という言葉で後期課程、大学院生を含めた東大生ツイッタラー全体を示すこともあるとは思います。というか、そちらの方が正しい言葉の使い方かもしれません。

 しかし、僕はここで、主に前期課程の東大生ツイッタラーの集合体を示して使おうと思います。なぜなら、後期課程以降はそれぞれが専門の勉強を始めるため、皆一斉に進振りの方向に向けて勉強していた前期課程の時ほどに、帰属意識を持ったカテゴリとして「UTクラスタ」という名前が用いられることはなくなるからです。少なくとも、僕自身はそうでした。

 そのこともあって、後期課程や大学院生になってまで、「UTクラスタ」云々言っている人はださいな、と後期課程に進んだばかりの僕は思っていました。僕にとって、「UTクラスタ」とはどこまでも前期課程と結びつくものなのです。なので、ここではその僕の感覚を大事にしてこの言葉を用いたいと思います。

 さて、話を最初のところに戻します。食堂で友人に勧められ、ツイッターを始めた僕は、大半の平々凡々なUTツイッタラー達と同様のステップを踏んで、ツイッターという場に自分を順応させていきます。少し辿ってみましょう。

 今、全つぶやきを保存した膨大なエクセルファイルの最初の部分を見ると、ツイッターを始めた直後、僕は「Twitterはじめました。よろしく」「なにつぶやければいいかよくわかんない」的なつぶやきをしていることがわかります。

 見ての通りツイッター初心者の大半が一度はつぶやくのではないかと思われるような完全にテンプレに則ったつぶやきです。もちろん、テンプレだと思ってやっていたわけではないのですが、後から振り返ればテンプレに綺麗に乗っていました。

 それから二週間くらいはTLを現実の延長と捉え、自分の中で特定している中堅ツイッタラーの友人(フォロワー200くらい)に突然「そうかな?」とかリプライを送って周囲を困惑させたりしていました。

 

 もう少し後になると、要領がわかってきて「同じ類の人」認定したUTツイッタラーを積極的にフォローし、クラスタ内で通貨となる「英一つまんなすぎ」「試験終わったらオンキャン焼くわw」的なネタをつぶやくようになります。

 普通に間に合ってるにもかかわらず、教室内で「ぶっちだわ、これで3度目w」とかつぶやき、ファボをもらったりしたこともありました。あの時にもらったファボは嬉しかったなあ。一時期ファボをもらうことが快感になっていました。

 

 こうして述べていると顔から火が出そうになるのですが、要するに僕はちょっと自意識過剰な普通の大学生がやることを普通にやっていました。

 

「オンキャンパス意外といいよね」とはちょっと言えない

 僕が授業に間に合いながら「ぶっち」とつぶやいていたように「試験終わったらオンキャン(1年前期の英語の教科書)焼くわw」とつぶやいていた当時のUTクラスタたちの大半は、今も大切にオンキャンパスを持っているのではないかと思います。別につぶやきの内容が現実かどうかということはどうでもよかったのです。

 ちなみに、脱線しますが、僕はオンキャンパスとキャンパスワイド(1年後期の英語の教科書)を二冊ずつ持っています。TL上ではいざしらず、現実の僕はオンキャンパスが結構好きだったのでした。僕の友人にはオンキャンパスのリスニング教材を子守唄がわりに聞いている人もいました。

 オンキャンパスとキャンパスワイドについて詳しく知りたい方は以下を参照してください。英語力を高めたい人にはおすすめです。

 

On Campus

On Campus

 

 

Campus Wide

Campus Wide

 

 

 今少し考えてみて思うのは、反抗期を抜けきらない19歳前後の僕たちにとって、オンキャンパスは母親のようなものだったのかもしれないな、ということです。高校生男子が「お母さん大好き」とは死んでも言わないように、UTツイッタラーの自認を持っていた僕は、オンキャンパス焚書オフ構想すら膨らんでいたUTクラスタのTLの中で、「オンキャンパスって実はとてもいい教材だよね。」というようなイカ東発言は死んでもできないなと感じていました。一気に場が白けてしまいます。(ところでイカ東ってもはや死語ですかね)

 まあ冷静に考えて柴田元幸先生が本気出して(らしい)作った教材がダメダメなわけはないのですが。新しくなった教科書『教養英語』よりもオンキャンパスの方がずっといいと思います。

 

俺らマジ、最高のツイッターだわ…。

 話を戻しましょう。建前と本音が全く異なること。そんなこと、みんなわかっています。わかっていながらやっているのです。僕たちは、単に試験が近づいてきたことの興奮と不安を分かち合いたいだけでした。だから、その目的に合わせて現実を改変することをいとわなかったのです。

 そうだ、試験勉強を前日に始めたことにしよう、どうせ誰もその真偽なんて確かめないのだ。それで盛り上がるなら、いいじゃないか…。

 どうやったらさらに盛り上げることができるか、ということを、駒場図書館で眠い目こすって必死に試験勉強をしながら、僕は考えていました。あの、そこに座るものを常に眠くさせる、ぶよぶよとした不気味なクッションの椅子に座って。

 ガリガリ勉強しては、「やばい」「勉強してない」とつぶやきます。すると、ファボが来るかどうかは別として、僕のつぶやきに呼応するように誰かが「英一だるい」とつぶやいたりします。それを、僕はファボをもってむかえます。「俺らマジ、最高のツイッターだわ…。」そんなことを思いながら。

 

 まあ、もちろん上の記述には脚色も大いにありますが、全体としてはそういう感じだったのです。

 

UTクラスタからの離脱

 前期教養を終えると、「英一」「オンキャン」などの共通言語が失効し、個々のツイッタラーは、進振りで決まった進学先のクラスタに自分を合わせていこうとするとともに、前期教養時代のクラスタから自己を差別化し始めます。

 eeicのように後期課程でもまた前期課程の祭りを繰り返しつづけるクラスタを形成するところもあるのですが、僕の所属した後期教養はそうではない方でした。

 そもそも、後期教養とは「試験終わったらオンキャン焼くわw」的なノリを前期時代から、何か汚いものでも見るように見ていた人たちの集合体であったのです。

 そういうところに所属するようになったことと軌を一にして、僕も前期のUTクラスタのノリからは卒業していきました。

 しかしそれは僕がeeicとか「オンキャン焼くわw」よりも高尚になっていったということではもちろんなく、また別のノリが通貨となる共同体に参入していったということです。

 

離脱後の僕とツイッター

 UTクラスタから足を洗いはじめたこの時期くらいに、僕は、中江君の影響もあって、ツイッター上に巣食うネタツイッタラー(?)を数人フォローし始めました。

 また同時に、ツイッター論客の発言も盛んに観察するようになりました。

 前者は「ネタ」とだけ聞くと軽そうですが、誰でもわかるようなネタにわかる人だけわかるネタを巧妙に織り交ぜ、それを当意即妙に投下することで日々「面白」を生み出すことのできるような才気溢れるユーザー達であり、僕の中では「詩人」に分類されるべき面々であります(機会があれば、このブログでおいおい紹介していきます)。

「あぁ、こういう才能のある人たちが、現実世界では普通にサラリーマンとかフリーターとかやっているんだ、すごいな、この才能の蕩尽は。贅沢だな。これを読んでいる私…。」

 とかそういうようなことを思いながら継続的に僕は、彼らを観察していきました。

 *ちなみに、全然関係ないのですが、僕は口語では一人称として「私」を用いていますので、「私」は間違えではありません。

 

 後者はツイッターで青筋立てて議論する人たちであり、ニュースなどで話題になる事柄について時宜をえた賢い発言をして300RTくらいは比較的用意に稼ぎだす人たちです。

 彼らのやりとりを見て、議論に強いというのはこういうことをいうのだ、と感心するとともに、「議論に勝つための議論」の浅はかさも学びました。

 そしてまた、その浅はかな「議論に勝つための議論」ですらまだ議論しようとしているだけましなのだな、と思わせてくるような有象無象の「そもそも議論しないクソリプアカウント」の存在も知りました。インターネットって怖いな、と思いました。

 

 UTクラスタを離脱した僕は、その後もツイッターをやり続けました。そうして、時折寂しくなると、ふと在りし日のUTツイッタラー達のアカウントに立ち戻り、前期教養時代の「最高のツイッター」だった僕たちを懐古的に振り返ったりしたのでした。

 この話は、アクセス数が多かったり、スターとかなんらかの反応があれば、つらつらとつづけようと思います。お読みいただきありがとうございました。

 

学校の物語を語る欲望:「東大合格者数高校ランキング」に思う

ツイッターを見ていたら、東大合格者に言及するつぶやきがあったので、高校時代たまに見ていた「高校ランキング」スレッドを少し読んだ。

 

2018年 東大合格者数 高校ランキング Part20

www.inter-edu.com

 

 懐かしい。当時の熱気そのままである。いや、むしろ加熱しているか。

「どこそこの高校が躍進し、有名なあの高校が凋落。これなら公立トップと同レベル。しかし医学部は増えている。医学部だけ見れば、負けてはいない…」

 進学実績をもとに学校の格付けがなされ、憶測が飛ぶ。くだらないと一言で切り捨てることは簡単だが、実際このような言説の場に反映される多数の色眼鏡が社会で効力を持ってしまったりするものだから、完全に捨て去ろうとする態度も、それはそれで何らかのコンプレックスのようにとらえられてしまう。

 こういったスレッドの伸び方ときたら異様で、東大の合格発表日である3月10日だけで、3000スレッドほど動いている。

 

 これを見ながら、なぜ東大合格者数の多い高校について語りたいという欲望が生じるのかと素朴に思ったので、少し考えてみる。

 最近、有名進学校に関する新書を目にする機会がよくある。そういう新書が統計的に増えているかは調べていないのでわからないのだが、本屋ではよく目にする気がする。どこそこの高校の教育方針が素晴らしい、この高校で育った子はこのような性質を帯びる、など。

 それを時たま手に取り、思うのは、そこに書かれていることがその学校独自の物語であるということだ。

 物語とはいえ、この物語は完全なる空想ではない。物語られる学校内の生徒にとって、それはまさに自分の所属している世界の出来事であり、それがフィクションであるとしても、繰り返し吹き込まれるうちに自分のアイデンティティに少なからず影響を与えるものとしてある。

 受験生にとっては、それは勉強の末に到達できるかもしれない世界の話であり、学校の物語を好む大人たちにとっては、ある日その学校という物語世界の住人が、新人として入ってくるかもしれない、もしくは自分の遥か上の上司がかつてそこに所属していた過去が明らかになるかもしれない、そのような、現実と陸続きの物語としてある。

 学校を語ることは、今ある現実とは別の、しかし現実と陸続きになった、もう一つの現実を語ることの欲望である。

 だから、学校の先生とは何よりもまず、物語の世界の演出者であり、役者であるのだろうと思う。

 

 

 もちろん、この話は学校に限らない。会社にだって物語は必要だ。個々の家庭にもそれは必要とされる。

 蛇足だが五年ほど前、僕は、遠い親戚から、自分のルーツが和歌山県にあり、僕の江戸時代の先祖は廻船問屋をやっていたと聞いた。

 廻船問屋!

 あの教科書に載っている、菱垣廻船や樽廻船を所有して、西回り航路や東回り航路からやってくる船より水揚げされる海産物を、僕の先祖は上方に送ったりしていたのだろうか…そんな風に想像して、僕はその想像に陶酔するような気分であった。

 

 

 

 

 

 

余白から生まれる透明な寂しさがいい 市川春子『宝石の国』

 大学の友人たちとの読書会で、市川春子宝石の国』を読んだ。今日はその感想を書いていこうと思う。

 

 

余白の多い画面が良い

 正直一巻の半ばまであまり惹きつけられる感じはなかったのだが、それをすぎたあたりからこの作品の描線に感覚が馴れていき、容易に抜け出せなくなってしまった。

 先に言ってしまうが、ストーリーラインの中に見るべきものは正直ほとんどないと思う。SF、ファンタジー、仏教のモチーフが入り乱れる本作の設定は悪く言えばめちゃくちゃ。よく言えば自由。入り乱れているそれぞれの要素がうまく絡み合えば「めちゃくちゃ」ではなくなるのだが、正直個々の要素があまり巧みに結びついていない感じがある。

 それでは何がいいかというと、多くのものを捨て去り、綺麗で清潔なものを残す、作者の感性、世界の捉え方がよいのである。ストーリーラインは、この作者の世界の捉え方を示すための手段にすぎないように思われる。

 まず1コマ取り出してみよう。以下のような画なのだが、要するに描かれる対象が丸みを帯びた線により抽象化されており、複雑な部分や汚れは捨象されている。作者は描写を行う上で厄介なものを無視しているのである。

 

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市川春子宝石の国』第1巻、アフタヌーンKC講談社、2013年、113頁)

 

厄介なものが捨てられた、綺麗な身体

 同様の操作は彼らの身体に関する設定の上でも行われている。主人公たちは「宝石」であるとされ、作中の大部分でピカピカと光り輝いており(下図参照)、破壊されても輝く宝石の破片になるわけで、血液が飛び散ったり身体の形が不恰好に変わったりすることはない。痛みの感覚もないし、性別もないのだ。身体の持つナマモノ故の厄介さが、ここでも徹底して無視されている。

 

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(同上、1頁)

 

 それゆえに、第一に私が持つことになったのは「なんだか宝石いいな、綺麗で…」という偏差値ゼロメートル地点の感想だった。第二に持つことになったのは寂しい、物悲しい、という感想である。前者は後者と結びついている。多くのものを捨象することからくる寂しさが、小さな宝石の輝きを強調しているからだ。

 

捨てることが喚起する、透明な寂しさ 

 それでは、多くのものを捨象することがなぜ寂しさを喚起するのだろうか。

 それは、読み手の想像力がその裏に捨てられてしまったものを二重写しにして読むからだろう。抽象化された描線は、ずれ、重ね書き等を排した迷いのない曲線で構成されており、線と線の間は多くの要素を捨象したがゆえに成立する単色の広い余白で構成されている。読者として僕はここに、本来あるべきものの影を見、そしてそれが捨て去られることの寂しさを感じるのである。

 同様の余白は、ストーリーの上では、時間的・空間的なものとして現れてくる。敵との戦いと日常生活との単調な繰り返しからなる展開らしい展開が不在のストーリーラインにおいて、目を引くのは彼らが作品内で経る時間の長さ(エピソードとエピソードとの間に100年くらいの時間が経過していたりする)や、彼らせいぜい二十数人が活動する場としてはあまりに広い草原である(下図参照)。

 

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(同上、76頁)

 

 ここで注目されるのはやはり余白であろう。描出されたエピソードが彼らの単調な生活のほんの一部であることを示すかのように挿入される間に過ぎた時間の長さへの言及は、描かれることのなかった時間=余白を読むものに意識させる。小さな宝石たちと大きな草原との対比は、その間にある広大な空間に広がる何もなさ=余白を強調する

 

「なんだか、とてもいいな」と思ってしまう寂しさ

 大きなものと小さなものを対比した時、そこには透明な寂しさが生まれてくることを、柴幸男『わが星』が岸田國士戯曲賞を受賞した際に、選考委員である野田秀樹が指摘したが、この作品ではまさに大きなものと小さなものとがいたるところで対比されており、それこそが、作品全体を覆う物悲しさを生み出しているように思うのである。

 多くの人がこの作品の描写の上での余白に、また、この作品が前提とする時間的スケールの大きさと、クローズアップされるもののちっぽけさとの間に生まれる余白に、不思議とひきつけられてしまうのではないかと思う。それは目に入るあらゆるものに関して容易に情報を得ることができ、また時には情報を得ることを駆り立てられる今日においてこそ一層力を増す、描かないこと、捨てることの魅力なのだと思う。