目をつぶらない

文学を専門とする大学院生の日記です

僕が最高のツイッターだった頃

 先日僕が最高のツイッターだった頃の記事を書きました。

queerweather.hatenablog.com

 ちょっと最近とてつもなく疲れています。会社の椅子が合わないのか、腰が痛い。

 

 

 

飲酒事故で亡くなった東大生の高原くんに関する記事を書いた

 前回の記事で、僕は次に2012年に飲酒事故でなくなった東大生の高原くんに関して書くと述べた。

 

summery.hatenablog.com

 

 その記事を、僕は今参加している別のブログに書いた。

queerweather.hatenablog.com

 昨日サイゼリヤで一人ワインを飲み、若干酔い始めていた時、ふと「書こう」と思って一気に書いた記事である。もう少し書けるとは思ったが、現時点で書けるものを全て書きつくすのが、ことこのような事柄に関して、よいこととは限らない。

 この記事の末尾で書いたように、今僕にとってなにより重要なのは、彼を失ったことの悲しみを、僕の中で静かに深めていくことだろう。

 

 今日は気怠い真夏の休日であった。引っ越すための荷造りと称し、実のところは部屋でごろごろしていた。

 仕事は面白いこともあれば、つまらなくてたまらないこともある。そのように波があるということが、救いである。全てつまらなくてたまらないことだらけになれば、僕は転職をするだろう。今は、一応毎月新しい風景が拓けているという感覚があるので、この感覚が持続するうちは続けようと思う。

 

 

「不幸でもいい。ただ、生きていって欲しい。」船曳建夫先生の言葉をフィクション化してブログを書いた

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 大学の学部生だったころ、僕がよく(しつこく)顔を出していたゼミの先生が退官することになった。僕が東京大学に通っていたことはこのブログではもはや明らかなので、先生の名前も出してしまうが、その先生とは船曳建夫先生である。

 船曳先生は退官記念講演で、僕たちゼミ生に「君たちが幸福であって欲しいとは思わない。そうであれば一緒に喜ぶけれども、そうあれかしとは思わない。不幸でもいい。ただ生きていって欲しい」と言ったのだった。

 もう遠い昔のようにも感じられる学部生だった頃の僕、「幸せであらねばならない」とどこかで思っていた僕にとり、「不幸でもいい」は衝撃的だった。そこで僕は、そのセリフと結びつけるようにして、別のブログで以下のような記事を書いたのである。

 

queerweather.hatenablog.com

 

 

 今から考えれば、「不幸でもいい」くらい当然のことかもしれない、と思う。「幸せな人生」はこの社会で支配的な力を持つ一つの幻想であり、「幸せ」を信じて疑わない者の発する「幸せ」という言葉の裏に、時に多くの抑圧があることは少し考えれば想起される。

 しかしながら、である。僕は退官記念講演という場で、並み居る生徒に向かい先生がそれを発したという事実に、何か根本的な先生の生への姿勢を感じたような気がしたのである。ゼミ生たちや同僚たちの微笑に囲まれながら行われる円満な退官ではなく、そのような退官の「円満」さを構成する一人一人の微笑を問うような姿勢。もしかしたら、それは暗く深いものかもしれないが、そこから慰められるものも数人は確かにいたのではないか?

 

 ところで、上記の別のブログに書いた記事では先生の退官記念の言葉を直接取り扱ってはいない。僕自身の解釈とともに、発言内容とその文脈を微妙に変えてある。基本的に、別のブログで書くことにはフィクションが混ぜられている。

 

summery.hatenablog.com

 

 だからといって不誠実なわけではない。ノンフィクショナルな日常的事柄を描写する中で、どのようにフィクションを織り交ぜていけるかということが今の僕の興味範囲ということだ。ちなみにここでいう「フィクション」とは「現実には起こらなかったこと、ありえないこと、誰も考えないであろうこと」ではない。そうではなく、「そのままの形では起こらなかったかもしれないが、そうであっただろうこと、解釈すればそう見える・そう言いうること」である。

 二つ上のブログ記事で、僕は以下のように書いている

 

僕は君たちに幸せに生きていって欲しいと積極的に願うことはない。そうであったら嬉しいし、一緒に喜ぶけれども、別にそうでなくても構わない。不幸でもいい。ただ、生きていって欲しい。死なないで欲しい。

死ぬことが常に悪い選択か。客観的に言えば、そうだとは思わない。死を選ばざるを得ない状況はあるのかもしれない。そこで、「死ぬな」というのは、場合によっては残酷かもしれない。

だけど、僕は僕のエゴで、君たちに「不幸でもいいから、死なないで欲しい」と、そう思う。君たちが死ねば、僕は君たちと、一生話をする機会を失うのだ。それはなんということだろうと思う。

 本当は死んだ方が楽な場面で、「死ぬな」と叫ぶのは叫ぶ主体のエゴでしかない。そう叫ぶ理由は、「「私が」死んで欲しくないから」という風に、叫ぶ主体と切り離せない形でしか提示できない。

 「生まれたくて生まれたわけじゃない」に対して、僕は何よりも、「君が生まれてきてくれてよかった、そうしてこうして話ができていること、それが僕には、本当によかった」と言いたかったのだ。

 いくら、「僕が」そう感じるからといって、それは彼にとっては全く関係のないことだ。全く関係のないことだが、僕のエゴとして「君が生まれてきてくれてよかった」と思い、また、「死んで欲しくない」と思う。なぜなら、「僕にとって」君がどこかで生きていて、気が向けば話をすることができるということが、重要だからだ。

 

 ここに含まれる引用には先生の言葉が含まれてはいるが、そうでない言葉も多く含まれている。僕は先生が、この引用にあるとおりのことを言おうとしているのだろうと解釈したのだ。それは「はずれ」かもしれない。しかし、それは「おおはずれ」ではなく、「はずれ」だとしても「ありえたはずれ」であるはずだ。

 最後に、二つ上のブログ記事の終結部で僕が言及しているニュースについてだが、

 

僕のエゴ

 教えることだけではなく、人間として関係を切り結ぶこと自体が業かもしれない。

 

www.bengo4.com

 

 大学一年次、上の記事で書かれている飲酒事故でなくなった友人の葬式でわあわあ泣いた僕は、けれどもまた、人が生を送り、やがて死を迎えるというこの行路に対し、異議を申し立てるかのように泣くことの自分勝手さを感じなくもなかった。

 

 ここで書かれている、この記事で紹介された学生の葬式にいったということは事実である。次はそれについて書こうと思う。 

 

物語の力/創作の力とは何か

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 最近、twitterで自分と同じように、中高の教員をしている人をフォローするようになった。そうしてフォローした中の一人がつぶやいた以下のようなつぶやきが、昨日私のタイムラインに投稿された。二つの企業に内定した卒業生に対して、教員をしているツイッタラー、「あすこま」氏が投げかけた言葉に関するものである。

  

進路相談してきた彼に言ったのは「どっちを選んでも楽しいよ」ということ。人間の、「自分の人生もなかなか捨てたもんじゃないな」と信じたがる「物語創作」のパワーを僕は信じてる。まして言葉の力のある彼なら、どっちを選んでも、きっと満足する物語を作り出せると思う。

— あすこま (@askoma) 2017年6月30日

  

 上記のつぶやきに関し、僕は違和感を覚えたのである。

 

「「物語創作」のパワー」とは

 違和感を述べる前に断っておけば、僕は上のあすこま氏の、生徒の背中を押すような指導のあり方と、生徒がどのような選択をしようが「自分の人生もなかなか捨てたもんじゃない」と思うことができるようにあれかしと願う気持ちには好感を覚える。教師はそうあるべきだと、無責任な同意を送りたくなる。

 

 しかし一方で、「「物語創作」のパワー」を自分の人生を肯定することに結びつける氏の議論には首をかしげてしまう。

 何か語ろうとする事柄があり、それを語りたいという欲望があり、そしてそれを仔細に語りつくそうとすること。それを徹底的に行おうとすれば、多くの場合、当初自分の想定したものと異なるような結末に至るものではないだろうか。もしくは、何ということのないはずの細部や断片が思わぬ意味を持ち始めて、物語が単一的な線を逸脱し、自己瓦解に導かれるものではないだろうか。

 「「物語創作」のパワー」は、自分の生き方を、自分にとって肯定的なものとして認識するための、単なる技術に還元されるものではない。そう僕には思われるのだ。

 

 創作は必ずしも人を幸せにしない

 おそらく、あすこま氏は、物語創作を授業に取り入れることで、生徒たちが「自分の人生もなかなか捨てたもんじゃない」と思うことができるような技術を生徒たちに授けたいと思っているのだろう。氏の教育実践との関わりから、上のつぶやきは読まれるべきであると考えられる。

 もちろん、それができるのは一つの力だ。いかなる状況にあっても、「「物語創作」のパワー」により、「捨てたもんじゃない」と思えるのなら、その人は大丈夫だろう。国語科の目的に「生きる力」の養成を置くのであれば、あすこま氏の主張は一定の正当性がある。

 

 しかし一方で、僕自身は、それをどうしても行うことができない生徒の立場に立ちたいと思っている。

 そもそも、それができない生徒らは、「「物語創作」のパワー」を持たない故に、そのような状態に陥っているのだろうか。むしろ、事態は逆であろう。

 「捨てたもんじゃない」と言い切ってしまうことに違和感を禁じ得ず、常に「本当は自分の生などどうしようもないものなのではないか」という不安と戦う生徒の、その不安もまた、「「物語創作」のパワー」により生じてきている。なぜなら、彼らは、「捨てたもんじゃない」で語りを終えることができず、さらにまた、語るべきことがらを見つけてしまうからだ。彼らは創作のパワーを有するが故に、創作が終わってもなお創作を続けるのである。

 自己の人生を肯定的にとらえたいという自分の中の欲望や、「お前は自分が幸せでないとでも言うつもりか?」という周囲の無言の圧力。それらから不可避に生まれてくる、「「捨てたもんじゃない」人生」という名の支配的な物語は、都合のいいところで終わることに争い、終わってなおも創作しようとする強靭な語りの力の前では往々にして、掘り崩されてしまう。

 

 物語の創作を、徹底的に行おうとすること。それは必ずしも人を幸せにしない。それはむしろ、幸せと自認していた生活が思いがけず抑圧していたものを暴露することになりかねない。結局、創作の力の極北には、創作が創作でなくなってしまう地点がある。 

 

創作を破壊する創作の力

 そこまでいかない段階で、自分にとって都合の良い物語を作れるような技術を学び取り、人生を幸せに生きていこう、という主張はよくわかる。と同時に、物語る力の欠如ではなく、むしろ物語る力の過剰によって、それがどうしてもできない人たちがいることが、繰り返しになるが、僕には気になってしまう。

 そして、僕自身の中には、そのような物語る力の過剰さとともにある生徒らに対する願いがある。

 それは、「本当のところ自分の人生はどうしようもないもの(捨てたもの)かもしれない」という不安を持ちながら、「しかしそれがなんだというのだ、それでも僕は生きる」といきりたって生きていってほしい、という願いだ。「なかなか捨てたもんじゃない」というような脆弱な物語でかろうじて生きながらえるのではなく、否定性の中でも立ち上がって欲しい。どうか語るのをやめないで欲しい。

 

 物語る力の過剰さの中で、いくつもの物語を最終的に完結させずに終わる子らは、綺麗にまとまった物語のうさんくささを知るだろう。そうして、自分を究極的な局面で生かすのが、いま自分を支配している物語の枠組みの論理から考えた時、むしろ違和感を感じさせるような言葉だということがわかるはずだ。

 どういうことか。

 例えば、物語があなたを破滅に導こうとする際に「それでも僕は生きる」と生を引き受けるときの、「それでも」という言葉は「どうしようもない生」という不安を抱えた時の「なら死んだ方がマシ」という自然な帰結における「なら」に比べて、順当な接続ではないという意味で、物語内論理に従わない接続をもたらしている。しかし、そこで「それでも」と言ってしまうことで、私たちはその地点から、また別の物語を立ち上げることができる。

 

 支配的な物語から逃れ、新たな物語、自分自身の物語を開始することは、支配的な物語のストーリーラインから見れば奇妙に思われるような接続、または文法の破格によってもたらされる。それは、既存の物語の枠組みから見た時、むしろ話者の創作の力の欠如・瓦解を意味する言葉の使用だろう。

 しかし僕は、それもまた創作の力に他ならないと思う。それは、すでに創作されたものに対する破壊の一撃を加える。体裁の良い物語、耳障りのよい物語を生産することとは少し異なるところにある、物語の破壊と表裏一体の物語る力。それを僕は、幸せな物語に容易に安住できない子らに、身につけていって欲しいと思うのである。

 

*以上の記事は、一つ前の記事

 

summery.hatenablog.com

  

 で述べたブログからの転載である。

お知らせ:別のブログに参加していることについて

別のブログに参加しています。

 最近このブログの更新頻度が低くなっているのですが、書くこと自体をやめたというわけではなく、大学時代の友人たちと、別のブログをやっていて、そっちで書いているのです。

 そっちでは名前を変えてやっており、また、開示している個人情報の範囲も異なるので、こちらと紐づけるべきか迷ったのですが、僕が日常過ごす中でふと感じた諸々のことを記録するというこのブログの趣旨にてらして、こちらでもリンクの形で紹介していこうと思います。

 具体的には、On the Homefrontというブログに参加しているのです。

 

queerweather.hatenablog.com

 

 この中で、僕は「江藤」という名前でやっています。なぜこのブログをはじめたのかということに関しては、僕が最初に書いた

queerweather.hatenablog.com

 を参照してください。

 今後も折に触れて、向こうで書いた記事に関し、こちらで紹介します。それによって、こっちの更新に変えようという魂胆です。ある程度中身のあるものを書こうとすると、週に一本程度が限界かな、と思われたので。

 

 よろしくお願いします。

 

高校演劇という不幸/高校時代の同窓会に参加してきた

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 昨日、高校の友人たちとの小規模な同窓会に参加して来た。かつて皆で作った演劇を放映し、会は盛り上がりを見せた。

 会を通して、当時はどうしようもないと思い、それを作ったという経験を思い起こすたびに自己嫌悪に陥っていた劇が、案外面白かったという嬉しい発見をした。それとともに、未熟な高校生に未熟な演劇を作らせることの教育的意味に関して、考えたことがあった。

 

 唾棄すべき「未熟さ」を伴う劇

 高校生があまり観客のことも気にせずに作る劇なのだから、当然だがつっこむべきところは限りなくある。当時はそれが気になって仕方がなかった。

 もちろん、演劇は誰か特定のものの占有物ではない。未熟な高校生こそが作るべき演劇というものがあるはずだ。だから当時の僕も、何もその未熟さから、自分たちの作り得た演劇に否定的評価を下していたのではなかった。「未熟さ」が唾棄すべき「未熟さ」としてしか現れないことに苛立っていたのだ。

 どういうことか。

「未熟さ」を生かす枠組み

 例えば、テレビに出るような俳優が出演する、一般的な舞台芸術、オペラ、劇団四季のような舞台を想像されたい。

 そのような舞台の上である役者の体の動きが、役者にふさわしくないような動線を描いたり、妙に左右に傾いていたりすれば、観るものは「役者としての身体」の「未熟さ」を感じるだろう。そして、その原因として、練習不足などを想起するだろう。

 しかし、前提とする舞台が変わればそこで要求される「身体」の規範も変わる。むしろ「役者としての身体」から逸脱する余剰など、「未熟さ」と名指されていたものこそが、通貨となる舞台を想定することは可能だ。実際、チェルフィッチュのように本来正統的な劇の舞台から切り捨てられて来た身体の動きをむしろ前景化させる劇を想像すれば、そこで要求される身体が、劇団四季のような身体と大きく異なることがわかるはずである。

 話を戻そう。

 だから、演劇を生業としていない高校生−−−どうあがいてもプロほどの練習時間をとることができないし、それほど技巧を凝らした脚本を作ることができないという意味で「未熟さ」を抱えた高校生の、その「未熟さ」が、むしろ強みとなるようなあり方は可能であると当時の僕は考えていた。

 それには、その「未熟さ」が生きるような枠組みの転換が必要だ。完成した「役者としての身体」を持つ役者らが、よく通る声できびきびと動くような、規範的な演劇像から脱却した劇の枠組みを設定できなければ、僕たちの劇はどこまでも「プロの作る演劇の劣化版」、悪い意味での「未熟さ」を抱えたものになるだろう。

新しい演劇は生まれず…

 そして、端的に言えば、僕たちは高校生なりの未熟さを武器へと変えることができるような劇の新たな枠組みを設定することができなかった。「僕たち」と書くのは不適当かもしれない。この問題意識がそもそも共有されたとは言えないからだ。どちらにせよ、僕たちの劇は凡庸で未熟な高校演劇に終わってしまった。それが、僕の後悔だった。

 そうしてまた、劇団などではよくあることかもしれないが、作劇の過程で一人が離反してしまった。全員でゴールを切るにはいたらなかったのだ。これも、それなりに辛かった。

 

 

ポストモダンの国語教育論について考えたこと 田中実の〈第三項〉理論と公共性 

 

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  この春から学校教育に関わる現場で働き始めた。毎日がめまぐるしく過ぎていく中で、なかなか考える時間がとれない。

 働き始める前に考えていたこと、そして、働き始めて以降に考えるようになったことを一旦冷静に整理したい−−−そのような思いから、数日前より過去に自分が書いた日記や、授業の終わりに提出したレポートなどのうち、教育に関わるものをざっと読み直した。その中で出てきたのが以下の文である。

 数年前に授業のレポートとして書いたもので、やや硬い書き方となっているが、今自分の持っている問題意識、つまり今、国語教育はどうあるべきか、という問題意識に通じうる論点が出てきているため共有したいと思う。

 以下レポートの本文。

 

はじめに—田中実の〈第三項〉論について

 

〈第三項〉論とは何か

 「バルトが見過ごしたところ、〈原文〉に《神》は隠れている」[1]と述べ、ロラン・バルトの理論を、その陥没を指摘する形で発展的に継承し、網膜に映った知覚以前、言語以前の〈原物〉としての原文(=〈第三項〉)の影(=〈プレ本文〉)が「どのように読者主体と葛藤し〈本文〉を生成しているか、その現象」[2]を問うことを基本に据えた田中実の読みの理論は、例えば教室における文学教材の読解の際には〈語り手〉に注目する読みとして実践される。田中はこのような実践の目的を「亜流ポストモダン」でなしに「真の相対主義=真正ポストモダン」を克服する手立てとして想定している[3]

 

文学の力×教材の力 理論編

文学の力×教材の力 理論編

 

 

ポストモダンの克服」としての「価値の基準」の創出

 それでは、田中のいう「ポストモダンの克服」とは具体的にどのようなことか。それは、最終的に文学作品の評価を措定することと言ってよい。ポストモダンの克服を目的とした〈語り〉の方法論の実践に取り組んだとする『文学が教育にできること—読むことの秘鑰』[4]という著作の末尾において、田中は「(4)評価へ」と題する項目を設け、伝統的「物語」文学と〈近代小説〉との峻別を意図し、生成論において生成過程の文がそれぞれ等価ではないと判断される事情に触れながら、以下のように述べる。

 

わたくしの支持する生成論は〈本文〉を探り、決定せんとする価値論を要するものであってアナーキーポストモダンに留まるのでなく、それらにベクトル、〈作品の意志〉を読み込むのです。定稿を書き上げた芥川には単行本初出との決定的な相違がよくわかっていました。『羅生門』定稿は伝統的「物語」をメタレベルで批評することに成功し、文学に価値の基準を創出したのです。[5]

 

文学が教育にできること―「読むこと」の秘鑰(ひやく)

文学が教育にできること―「読むこと」の秘鑰(ひやく)

 

 

 田中の論を追う限り、ここでの「価値の基準」とは、〈機能としての語り手〉がそこに本当の意味でたどり着くことの出来ない客体(=〈了解不可能な他者〉)をいわば〈わたしの中の他者〉として捉えざるを得ないことへの語り手自身による批評性が顕在化しているかどうかということによって推し量られるものなのだろう。そしてそれは具体的には出来事中心の読みでなしに、小説中において出来事や登場人物が語り手によりどのように語られているかということに注目される中で行われる。これを通して読む主体の「〈自己倒壊〉」と「感銘」が引き起こされる[6]とされている。

 

相対主義は本当に超克されている?

 ところで、上の田中の引用には多くの問題があることもまた容易に指摘される。例えば、「芥川」という作者が実体化し、作者「芥川」が何をわかっていたか、田中が代弁することになっている。

 また、田中の言う「生成論」は、テクスト生成を省みるに当たって最終稿を優位と置き、〈作品の意志〉という謎の進歩的な「ベクトル」を採用してしまう点で、文学研究の場で一般に受け入れられている生成論とは異なっている。生成論はむしろ最終稿以前のテクストを見る中で、カノンとして存在する最終稿の権威を相対化する視点を供給するものであるはずである。

 語り手に着目する方法論は確かに有益だが、教材の「価値」という概念が、田中にとってそこに原文の影が読み取りやすいという基準によって実体化されてしまうならば、これもまた一つの、いわばポスト・ポストモダンの文脈における正解到達主義と言えるだろう。田中の論文の題名、たとえば「奇跡の名作、魯迅『故郷』の力」[7]を読む際に執筆者にとって危惧されるのはこの点である。「奇跡」や「名作」といった言葉が無批判に用いられているが、「名作」かどうかを不断に問うことこそが教室において〈語り〉を開くきっかけなのではなかったか。田中は生徒にとってだけでなく自分自身にとっての〈自己倒壊〉の契機を真摯に取り込もうとしているのだろうか。

 これは無論田中だけの問題ではなく、教育現場に広くありうる問題である。ポストモダン相対主義の克服が相対主義の問題設定をないがしろにするものであってはならない[8]ことは自明であり、「読むこと」を「倫理の問題化」と同定する[9]田中や田中の問題設定を共有するものらが一元的な価値基準の設定に不可避に孕まれる暴力性を看過してはならないこともまた同様にあまりにも明らかである[10]

 

現場での実践へ

 田中理論[11]は確かに、80年代問題と名指される十人十色の文学教育に代表的な微温的価値相対主義に対するのには有益だったかもしれない。しかし、上記のような田中理論の枠内での「評価」の明文化が行われ始めた今日においてその理論をとりわけ現場での実践から批判的に再検討することは有意義と思われる。

 田中理論を背景としながら、その実践を行う齋藤知也の著作『教室でひらかれる〈語り〉:文学教育の根拠を求めて』[12]と参照しながら、田中の提唱する教材の「価値」「評価」が教室での実践においてどのように扱われているのかということに関して、以下では簡単に検討する。齋藤は田中理論に影響を受け、それを後ろ盾にして授業を行っているが、田中理論を読んだ執筆者からすると、その実践は理論の問題を指摘するような批評性を持っていると思われる。

教室でひらかれる“語り”―文学教育の根拠を求めて

教室でひらかれる“語り”―文学教育の根拠を求めて

 

 

国語科教育と民主主義

 齋藤の『教室でひらかれる〈語り:文学教育の根拠を求めて』という著作は国語科における教育が民主主義における主体を構築するのにどのように貢献しうるかという観点に取り組んでおり、そこで田中理論は読みにおける〈自己倒壊〉を促すことにより、個々人の価値観を揺り動かし、自分だけの見方(〈わたしの中の他者〉)を超えて共有されるべき価値の存在へと視野を広げる、その一助として考えられていることがわかる。

 

齋藤の述べる「価値」とは

 それでは、冒頭で問題化した「価値」という言葉はここではどのように使用されているか。「価値」という言葉が前景化するのはIIの第三章と言って良いだろう。齋藤は内田樹の『下流志向』を引きながら、「消費主体としての自己確立」を強いられた子供たちを「民主主義の主体」としていくために、必要とされるものとして「価値」を問う読みを挙げる。

 

〈わたしのなかの他者〉〈わたしのなかの文脈〉を倒壊しようとし続けていくことはすなわち、「自己を問う」ことであり、〈価値〉を模索していくことである。その時、一見しただけでは「カンケイない」と思っていた世界に対する自己の「ものの見方」が問われ、切実なものとして見えてくる。(中略)〈価値〉を模索し合い発見していくことは、個から出発して、〈公共性〉を模索していくことでもある。[13]

 

 上を見る限り「〈価値〉を模索」することは「自己を問う」ことと同義であると言える。つまり、「価値」とは「自己」、もしくは自己を構成する価値観に近いものと捉えられていると言えるだろう。この氏の定義を用いて冒頭の田中の引用を読み直せば、「〈本文〉を探り、決定せんとする価値論を要するもの」という部分は決定的に奇妙なものに思えてくる。

 というのも、齋藤の用語法の通り、〈価値〉(=自己=主体)は決定不可能であるからであり、それは何らかの基準になり得もしないからだ。〈本文〉も〈価値〉も決定したと思われる時にこそむしろ最もそれを「模索」し続けることが求められるものとしてあるからである。そしてそれこそが〈公共性〉の模索であるということに執筆者は賛同する。それでは、公共性はどのように捉えられているか。

 

「公共性」は自己倒壊なしでは到達できない?

 齋藤が行った第59回日本文学協会国語教育部会夏季研究集会の基調報告は「文学教育の転回と希望:ことばの〈公共性〉をめぐって」という題に現れる通り、「ことばの〈公共性〉」をテーマにしたものと考えてよいだろう。しかし、ここでは「ことばの公共性」を問うことは「主体の〈倫理〉を問題にすること」でもあるとされる[14]以上に議論は深まっておらず、外在的な「倫理の価値基準」の必要性を示唆する方向に論考が収斂してしまう。

 執筆者は、個人の内面に存する〈倫理〉の問い直しを通して〈公共性〉に至ろうとするこのような議論が、内面の自由・良心の自由と両立するのか確信が持てない。理論はその提唱者や、その活用者の顔の見えないところで生き延びていくものであるため、とりわけ教育という教師の恣意性を排除できない現場に関わる議論に関しては細心の注意を払ってなされるべきものと考える。よって、このような論の流れには賛同できない。

 しかし、対案として〈公共性〉を〈他者の声を聞くこと〉の倫理性を前景化しながら説明することはありうるし、また、これは田中理論や齋藤の実践と大きく矛盾しないと考える。以下それについて簡単に述べる。

 

教室で公共性を模索すること

テクストの他者性に耳をすませる行為

 〈語り〉の方法論は、教材として教科書に載るような著作における語りもまた、教室で生徒達が語るように語ることの延長にあり、自己の認識の枠内から容易に外に出るものではないことを生徒らに気づいてもらうことが出発点と言えるだろう。そのようにテクストを一旦自分たちと同じところに下ろしてこそ、テクストの中で現れる自己への批評性がそこにおいて賭け金になるのである。

 どのような語りも相対性を免れないことへの気づきを通して(還元不可能な複数性をくぐり抜けて)教材価値を相対化し、その上で再びそれを教室の中で築き上げる試みが齋藤の実践であり、この実践は他者性を不可避に孕むテクストに響く語り手の声もまた、漂白された声でなく、誰かがどこかで必要に駆られて発したものであることを意識して、その声調を聞こうとする試みであると言える。

 

耳をすませることの倫理性から公共性を導けないか

 ここにおいて「倫理性」は上で述べたように、ともに教室にある他者(=他の生徒)の声、そしてその他者の一人として教室に参画するテクストの声を聞くことに求められることになるだろう。

 それでは、なぜ他者の声を聞かなければならないのか。それは、自己というものが他者との関わりにおいて存在するものだからである。国語科教育における〈公共性〉はこの時、教室でともに読む参加者が「私」と無関係でないことを引き受けて、自己の読みを展開し、「価値」を模索することに求められる。

 「価値の模索」とはこの時、「自己を問う」ことであるが、それは「教室の読みを問う」ことと接続するものであるべきであり、両者をどれだけつなげることができるかが公共性が担保されているかどうかの指標となることだろう。そこでは個々人の〈自己倒壊〉でなしに、個々人=教室の読みの変容と構築が求められる。このように他者との分有の可能性に開くことに強調をおいてこそ、民主主義の教育の中における国語科教育の位置も鮮明になるのではないかと思われるのである。

 

結論——〈第三項〉と公共性

 文学作品を読むことが公共性につながるとしたら、それは、なによりもまず、私たちが文学作品をどう聞き取るかという実践の方法的態度を身につけるという位相においてである。そう考える時、「十人十色の文学教育」に見られる「微温的相対主義」が見落としたのは「原文」や「了解不可能な他者」というよりは、よりオーソドックスに、「公共性とは何か」「個々人が好き勝手に意見を述べ合うことが民主主義であるのか」という問いであったのではないか。

 

 

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[1] 田中実・須貝千里編『文学の力×教材の力 理論編』(教育出版、初版2001年)、24頁。

[2] 同上、36頁。

[3] 田中実「奇跡の名作、魯迅『故郷』の力:大森哲学との出会い、多層的意識構造のなかの〈語り手〉」(『日本文学』62巻第2号)、40頁。なお、このポストモダン観は曖昧であると同時に、多くの問題がある。例えば田中は主客の脱構築ポストモダン相対主義アナーキズムとルビがふってある)を超えようとするもの(そしてできない虚妄)として設定しているが、脱構築は主客の境目に関わるものではないし、相対主義を乗り越えようとするものでもない。

[4] 田中実・須貝千里編『文学が教育にできること:「読むこと」の秘鑰』(教育出版、2012年)

[5] 同上、340頁。

[6] 田中実「〈主体〉の構築」(『日本文学』62巻第8号、2-12頁)を参照した。

[7] 書誌情報は脚註3を参照。

[8] 相対主義の乗り越えとは、相対主義がすでに乗り越えた一元的な価値基準を再導入するということによっては果たされない。ある価値基準を設定することの不可能性を十分に自覚しながら、それをあえて主体的に選び取ることでしか、価値基準の設定はありえないことを自覚し、不断に自己の価値の脱構築を図る身振りを伴わなければ価値基準の仮構の倫理性は担保されない。このように倫理性とは理論に内在するのではなく、パフォーマティヴな振る舞いの中から顕現するものであり、この倫理性が担保されないと、ある価値基準は容易に相対化されうることになる。相対主義の克服は理論を構築した瞬間に済む一回的な出来事でない。つまり、理論はそれ自体常に「評価」にさらされ、それを取り込む可塑性を示す必要がある。

[9] 田中・須貝編前掲(→脚註1)、335頁。

[10] 以下では詳細に触れることができないが、そのような暴力性に何よりも向き合ったのがテクスト論の後継者である脱構築批評であり、田中がその価値をあまりに軽く看過していることがおそらく石原千秋加藤典洋の反感を呼んでいる。

[11] 須貝千里石原千秋との討論(『日本文学』64巻第4号、40頁下段)において田中の〈第三項〉に関する議論を「田中理論」もしくは「〈第三項〉論」と呼ぶことを提起している。

[12] 齋藤知也『教室で開かれる〈語り〉:文学教育の根拠を求めて』(教育出版、2009年)。

[13] 同上、176-177頁。

[14] 齋藤知也「第59回日本文学協会国語教育部会夏季研究集会基調報告 文学教育の転回と希望:ことばの公共性をめぐって」(『日本文学』56巻第12号)75頁。

 

 

 とただ貼り付けてしまったのだが、昔書いた以上のレポートを読み直した時、改めて感じられることに関しては、また次に書くことにする。